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 #前 法然と親鸞~探求の道~ 

歴史秘話ヒストリア 人はみな、救われるべきもの
法然(1133~1212)
父は武士で、9歳の時に襲撃されて亡くなった。
「お前は殺しあい憎み合うことを永遠に繰り返す武士の宿業から逃れ、僧侶になれ」

15歳で比叡山延暦寺に入り、僧侶の道を歩んだ。

延暦寺は日本有数の伝統と権威のある寺院で、優れた僧侶を数多く輩出し、
世の災いを鎮め、国と都を守る役目を担っていた。

法然は懸命に修行に励み、人はどうすれば救われるのかを模索し続けた。

「末法」の到来
 
永承7年(1052年)に末法の時代に突入したと考えられ、
仏の教えが及ばないという末法思想が広まっていた不安の時代だった。
都では武士が台頭し、戦乱・天変地異など、誰もがこの世の苦しみに苛まれていた

当時の世界観 
人間は六道を永遠に巡り続け、極楽浄土に行くには解脱せねばならない。

解脱するには、出家して厳しい修行をしたり、寺や仏像を寄進することが必要で、
生活に追われる庶民は念仏くらいしかできず、解脱するには全然足りない。
つまり、庶民は永遠に救われることがないと絶望していた

念仏 心に仏を思い浮かべ、その名を唱えること。現在は「南無阿弥陀仏」が多い。

43歳の時、善導の『観無量寿経疏』を読み、画期的な思想に辿り着いた。

阿弥陀仏の本願は全ての人を救うことで、そのために極楽浄土を作った。
ならば、修行や寄進など自らの力で解脱を目指すよりも、
「南無阿弥陀仏(阿弥陀仏にお任せする)」と唱えることこそ、本来の救われる道だ。


専修(せんじゅ)念仏 念仏を唱えさえすれば誰でも極楽浄土に行ける。
それまで念仏は修行や寄進よりも価値が低いと捉えられていたが、それを覆した

例えこの世での身分は違っても、
阿弥陀仏の前では至らぬ存在として、みな等しく救われる。


「あらゆる人」が法然の教えの基調。平等という観念。
この思想は、庶民が顧みられなかった当時の人間観にまで影響した。

法然は比叡山を下り、京の都で民衆に布教を始めた。

新しい考えに疑問を持つ人々に対して、一問一答形式で答えている。

普段の暮らしで念仏を唱えようと言う法然の教えは、
10年の間に他宗派の高僧や朝廷の権力者の中にも共感者が現れ始めた

法然を襲う苦難
念仏を唱えれば戒律を守らなくてもよいと、誤った教えを流布する弟子や、
修行に重きを置く他宗派が、朝廷に念仏を辞めさせるように迫ったりした


七箇条制戒 
法然は他宗派との軋轢を避ける為にこれを書き、弟子に言い聞かせ、署名させた

承元元年(1207) 承元の法難
後鳥羽上皇が2人の弟子を処刑。法然も僧籍を剥奪され、土佐に流された。
赦免の宣旨が下り、帰京した2か月後に80歳で入滅。

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