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 北前船みちのく丸の冒険 

#1203 世界ふしぎ発見!
北前船 江戸時代に各地の名産品を大阪から北海道まで日本海航路で運んでいた和船。

みちのく北方漁船博物館 世界の木造船を集めている。

みちのく丸 復元された和船として、初めて北海道から島根まで航行。
柱が28mの北前船。帆桁を1本にすることで人手が少なくて済む。
河口や浅瀬に乗り上げてもひっくり返らないように船底材が平ら
波による横流れを防ぐ。
風向きに合わせて片側の帆を緩める。
動力が無い船は追い風でしか走れないと思われていたが、
和船は間切り(向かい風に進むこと)ができることが分かってきた。←すごい☆


島根県美保関
1500年前から大陸と日本をつなぐ港
として栄え、北前船の重要な寄港地だった。

美保神社 
航海や商売の守り神であるえびす様
を祀っていて、
全国に3000余りあるえびす社の総本社


北前船は荷物を運んで運賃を取る船ではなく、船主が社長。
商品を買い付け、必要な所に運んでできるだけ高く売る。
北海道と関西を結び、その地域にないものを運んで、頭と度胸で莫大な利益を得た。
一年に一隻数千両の利益
を得て、船主には多くの富豪が生まれた。

石川県橋立 日本一の富豪村 1800年頃には村の半分が船主だった。
船員は体格・気風が良く、あか抜けていて大変もてたと言う。
無事に帰って来た船員は、お寺に髷を供えた。
加賀市北前船の里博物館がある。


北海道のにしんと昆布
昆布 京都や大阪に大量に運ばれ、料理のだしになった。

太平洋側に面した江戸は北前船が入らなかったので、土佐の鰹だしになった。
関東と関西の味覚の違いは北前船による。

にしんは食べるだけでなく、油を絞った後のシメカスが、
木綿を栽培する肥料として大量に使われ、高値で取引
されていた。

300年前、北海道の江差はニシン漁で栄えた。
京都と深い関わり
 京風のウナギの寝床の家、祭り。
現在はニシンは幻の魚になった。

青森のねぶた祭りも、祇園祭の、宵山の提灯の影響がある。

金魚 
江戸時代、北前船で上方から東へ伝えられ大流行
した。
幸運を呼ぶと考えられ、ねぶたの灯篭によく登場。


下り荷 上り荷は海産物がほとんどで、本州から運ばれた物のほうが種類が多い
米、酒、紙、砂糖、米、わら製品(縄・ムシロ)、蝋燭(原産地は瀬戸内)、
瀬戸内海各地の塩(漁獲物処理に不可欠)、
日常生活品(酒類・飲食品類・衣服用品・煙草)、
など。

陸地に沿って港を周り、浅い河口に入り込んで、
頻繁に荷物を積み下ろしするため極めて合理的な船だった。

北前船の活躍により、知床から北方領土まで漁場が開かれた。
日本全国の経済の基盤の一つになり、江戸より栄えた町もあった。



19世紀末明治時代
カニ缶
 
船主が紙に包むと変色しないことを発見し、欧米に輸出できるようになった。

富山県 射水市 洋式帆船海王丸の母港。

儲けたお金を再投資
倉庫業・保険業・銀行などを興し
、明治時代の日本の近代化に貢献した。

北前船と日本海航路は、鉄道により終わる。


おまけ1 祇園祭の記事。

おまけ2 鰊のwiki
昭和30年に激減し、人工孵化や稚魚放流など、いろいろ頑張っているけれど、
1000000トンだった頃に比べると現在は4000トン。

海水温の変化や、森林破壊などの説もあるものの、
日本での激減は乱獲が主原因と考えられているそうなので、
別の魚などで同じことをしないように気を付けることが、
これからできることなのかなと思います。

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 この記事へのコメント 

まどろみ島へようこそ! 
なるほど~、遠くのものを目の前に持ってきてくれる所が、そんな感じですね。
私もこれを見て、北前船がなぜそこまで儲かったのかが分かりました。

にしんって鰊と書くのですね☆ あんまり食べたことはないなあ。
小樽の『鰊御殿』も知らなかったので、教えて下さってありがとうございます♪

乾燥したものは長持ちするから山間地で水に戻して料理したみたいだけど、
肥料にしまくっていた様子から、
ひょっとして、あまりおいしくなかったのかなと思いました(違うかな笑)。

リンク先も見ました! わーい大群だ~♪ わくわくしますね☆
それにしても、このような動画もあるのですねえ(感心)。きめ細かいなあ。

鰊のwikiを読んで、本文にくっつけてみました。これを読むと、
北海道の鰊御殿は明治末から大正期のことかもしれませんね。
北前船については載っていないなあ。
昭和30年に激減し、人工孵化や稚魚放流など、いろいろ頑張っているけれど、
1000000トンだった頃に比べると現在は4000トンだから少ないですね…。

海水温の変化や、森林破壊などの説もあるものの、
日本での激減は乱獲が主原因と考えられているそうなので、
別の魚などで同じことをしないように気を付けることが、
これからできることなのかなと思います。

感想を下さったおかげで、さらに詳しく知ることができました☆
ありがとうございます!
またのご上陸を、お待ちしております!

そうですか〜北前船は動く商社だったんですね。
文化をも左右していたとは…全然分かってませんでした(苦笑)
店舗じゃなく必要な物をその場に送り込める点では、
現代のネットショップに近いかもしれませんね?!

鰊、最近は売っていても食べませんが子供の頃は良く食卓に上がりました。
それで敬遠する様になったのかも(笑)?

私の住んでる方には無いと思うのですが、小樽などでは『鰊御殿』と呼ばれる立派な番屋がアチコチにあって、記念館の様に展示もしてる所もあるそうですよ。
番屋というと簡易的な住居を想像しちゃいますが、鰊はよほど儲かったんでしょうね。

最近は群来(鰊の産卵、くきと言います)があるとニュースになる程です。
でもそれも一時期よりは頻繁に来る様になった気もしますが?
http://www.youtube.com/watch?v=cD3TUHz8NG0
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