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 #3 岩瀬忠震(ただなり)の交渉術 

交渉成功の秘訣

「藤に芍薬」
 岩瀬の肉筆画。←掛け軸になっていて、とても美しい!
画才に恵まれた岩瀬は、交渉の合間に、扇子にさらりと絵を描いて相手を喜ばせた
頭脳明晰で機知に富んだ会話もできたし、英語にも大変興味を示していた。
日本の風物や食べ物などを紹介したりしたかもしれない。
ハリスも、岩瀬を気に入ったのではないか。

元水産庁 小松正之さん 捕鯨や鮪の漁業交渉で、世界を飛び回っていた。
日本の歴史は長い。
科学と条約論に、食文化と歴史論を組み込んだら、相手が納得してくれるようになった
浮世絵や鯨のひげを使った工芸細工を見せたりした。
外交官は、自国の歴史・文化・芸術などに詳しく、魅力的な人柄が必要。

何度も何度も話す。
食事を共にする

日本人はパーティに出たがらないが、出ないと余計に疎外感を招く。
英語を話せなくてもいいから出た方が良い。←そうは言われても居辛いなあ。


その後岩瀬は、幕府上層部と対立し失脚、44歳で死去。←安政の大獄。

明治5年 岩倉使節団がアメリカを訪れた時、ハリスが会いに来た。

「岩瀬たちは、綿密な議論で私を閉口させた。
 私は自分の提案を何度書き直したか分からない。
 こうした全権を持っていた日本は幸福であった」



岩瀬の功績を、一番理解していたのはハリスだった。

私達は、岩瀬忠震の名前をハリスほどは知らないが、受けている恩恵は膨大である。
この時締結した条約のおかげで日本の海外貿易は伸び、明治政府ができた。


感想
相手の本当の希望に気付いて、そこは叶えるけれどここは譲歩してほしい、
そのような必死の交渉の積み重ねにより成り立ったものだったのだな。

もしアメリカ側の言いなりになり、要求を全部受け入れていたら、
日本は内乱が起こって大変なことになっていただろう。
自分の国の状態の把握とか、予測とか、その中にいると難しいからすごいと思います。

ハリスが何度も自分の提案を書き直したのは、日本の事情を良く知らなかったのと、
条約締結のために、日本側の説明に耳を傾けたからだと思います。
ハリスも岩瀬も忍耐強く交渉を止めなかったから、条約が締結できたのだな。


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