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 #2 方丈記 

100分de名著
第2回 負け組 長明の人生  ←ひどい題だな(笑)。
方丈記の後半で、長明は自らの人生を少しずつ語り出す。
住む家がどんどん小さくなっていく。

有力な下鴨神社の跡取りとして生まれながら、転落の一途を辿った。
18歳の時に父が死去。跡取り競争に負ける。
神社の仕事は怠けがちで、和歌や音楽に熱を入れた。
30歳で家を出る。
47歳の時、後鳥羽上皇に和歌所の寄人(職員)に選ばれ、熱心に働く。
50歳の時、上皇は褒美に鴨社の摂社である河合社の禰宜にしようとするが、
鴨社の長が、神社の仕事を怠けていたことを指摘し拒否
する。
長明は落胆し、和歌所の仕事も捨てて出家する。

繊細で後先のことを考えない性格
だったようだ。
18歳の大きな挫折以降、節目節目で負け続けている。
それでも、出世することを長い間望んでいた。

57歳の時、鎌倉の実朝に会いに行くが、都に帰って来て方丈記を書く。
実朝は『金槐和歌集』を作った歌人。

鎌倉での栄達を狙ったが、うまくいかなかったのだろう。
このあたりのことは方丈記ではなく、『吾妻鏡』に書かれている

太宰治は『右大臣実朝』という長編小説を書いているが、
長明の記述をかなり書き、「油断のならぬご老人」と描写している。
太宰氏は、長明を、自分と同じ破滅型の芸術家だと思ったかもしれない。


前半の災害描写は達観した印象を受けるが、
相当な葛藤があった後だから、あのような冷静な文章が書けたのかもしれない。

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