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 「薔薇の名前」ウンベルト・エーコ 100de名著 一部分だけ 

#1 修道士は名探偵?
1980年に発表、世界で5500万部以上売れたが、読破できた人は少ない。
7日間の物語だが、一日目で挫折する人も居る。

著者は記号論の学者。
推理小説のような、学問のような、文学のようで文学を解体しているような

先端的な書物。

「人間にとって知とは・言語とは・政治とは?」
数多くの根源的な問いを投げかけた物語。


#2 知の迷宮への旅
中世の修道院の図書館 閉架式。禁書が世に出回らないように守る役目もあった。

好奇心を持った者から殺されていく 知の代償。

「知」は力を持った側によって選別することができる
権力側から異端の烙印を押されると、その「知」は排除されるべき対象となる。



#3 “異端”はつくられる

「一巻の書物を前にして、それが何を言っているのかと自分に問うてはならない。
 何が言いたいのかを問うべきなのだ」


個別の真実の中に事物を捉えなおす
本は信じるためのものではない。
例え事実を述べている本だとしても、どうしても著者の主観などが入ってしまうので、
丸ごと信じると偏った考え方になってしまう。

同じことについて書いた他の本とも照らし合わせて読んだ方が良い。

#4終 謎は解かれるのか
アリストテレスの「詩学」第二部
 
実在するかは謎。笑いについて述べているらしい。
「真理は絶対的なものではない、疑え」ということを説いたのではないか。

「詩学」という本は元は「ポイエーシス(創造)の技術」という文芸創作論。

喜劇とは
世俗で重要だと思われてる価値とか権威づけとかを全部ひっくり返していく

キリスト教世界にとっては大変なスキャンダルになるだろう

ホルヘは「笑いは秩序を吹き飛ばし、真理を暴く力を持っている」と恐れていた。


終幕
結局 「ヨハネの黙示録」は事件とは無関係だった

「私は記号の真実性を疑ったことはないよ、アドソ。
 人間がこの世界で自分の位置を定めるための手掛かりは、
 これしかないのだから。
 私に分からなかったのは記号と記号の関係性だった。…」


実は謎なんてありませんでした
エーコはこの後も何冊かミステリーを書くが、この終わり方が多い。

ミステリー自体が一種の決まり事でできている世界だから、
これをもひっくり返したかったのではないか。


ミステリーのパロディーと言う事もできる。
ただし完璧にミステリーを模倣しないとそのはしごは外せない。


伊集院さんの意見
「このオチに至るまでの力がよっぽど強くないと許されない終わり方ですよね。」

記号論の世界観
人間は記号によるしか世界を解釈する方法を持っていない。
記号から推理する喜び、その限界
も一冊の中で教えてくれる。


おまけ 名著80 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前」 適当な纏めです。

「人間が言語や記号といったものを離れては生きられない」
という根源的な真実を描いている。

言語に支配し操られる人間の宿命、
逆に言語を武器として自由を求めようとする人間の可能性。


推理小説なのに完全に謎が解き明かされることはない。
主人公の知性は、事件解決のための鋭い切れ味を各所で示しながらも、
最後には事件の大半が偶然の産物であることがわかり、彼の推理は大きく裏切られる。
近代的理性の限界を暴く物語
でもある。


カーニバルと民衆世界 「笑い」を古来から支えてきた。
キリスト教世界がもっとも危機感を覚えたのが「民衆世界」。
民衆文化であるカーニバルは、世俗権力を全部ひっくり返したり、
男が女になったり女が男になったり、ありとあらゆる価値をひっくり返すもの。
そういう文化がイタリアには深く根付いている。
カーニバルや民衆世界というのは、ある意味罰当たりなものであり、
権威的な物言いや、「これこそが真理だ」といった態度を、
根本から笑いのめしてやろうという強力な力が働いているものだから、
体制側は必死でそこから教会を守ろうとしていた。

そうした構図が「薔薇の名前」では見事に描かれている。

カーニバル的な世界は、異端の世界にも通じている。
カタリ派などの異端は、民衆の中から湧き上がってくるような宗教改革運動。
その淵源は、厳格な一神教のキリスト教的な世界観ではなく、
笑いに満ち溢れた多神教的なギリシャ世界に発している。

「喜劇」の本質を追究したとされるアリストテレス「詩学」第二部は、
「笑い」を分析した書なのだから、この本を畏れたのではないかというわけです。


反知性主義に抗するために
1970年代 西欧の知的なテンションがピークに達している時代。
現代は、反知性的なものが蔓延していて、こういう著作が読まれなくなっている。
こういう流れは大体50年周期で循環しており、
2020年~30年に、再び知的テンションは上昇してくるのではないか。

本来ならば「知」と「笑い」は、
人間が自らを呪縛するものに立ち向かうための強力な武器
だったが、
現代は権力に奉仕し、支えるものとして使われてしまうことが多々あるようです。

私達は、「知」と「笑い」という人類に与えられた武器を鍛え直さなければならない。
文学を深く読むという体験は、そうした貴重なことを教えてくれる。

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