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 #3終 茶の世界史 

日本開港
1854年 日米和親条約 ペリー。


1858年 日米修好通商条約
井伊直弼がアメリカと結んた不平等条約。

イギリスを中心とする世界資本主義の圧力によって迫られたもの。
他のアジア諸国と同じような半植民地的・従属型貿易構造
だった。

「大君の都(オールコック)」 
茶の湯文化については書いていない。
文化としての茶ではなく、輸出商品としての日本茶
について語っている。
16世紀頃、東洋に初めて接した欧州は、高尚な茶の湯文化に感心したが、
いまや茶は、資本主義的商品でしかなかった。


全体的に上から目線で書いた本にも見える。
彼の優越感を支えたのは、産業革命・大規模な資本主義的工業生産の発達・
インドの征服・アヘン戦争の勝利・アジアへの侵略


当時の日本の輸出品は生糸・茶・銅が主だった
イギリスが一番期待した茶は紅茶ではなく緑茶であり、
ほとんどアメリカに再輸出
した。

紅茶製造に乗り出す日本
当時、日本が輸出できる製品は、生糸の他には茶くらいしかなかった。
世界市場は緑茶より紅茶。
国内では全く需要が無い紅茶をどうやって、どれくらい作ればいいのか。


何の情報も無い中、政府・官僚・生産者組合・海外の領事館・民間企業などが、
情報交換し、結構短期間で頑張った。
※本に詳しく書いてあります。

どうにか紅茶はできたものの、
日本は何の準備も無いまま、いきなり世界市場で戦う
ことになった。
オーストラリア・ロシア・アメリカ・カナダ。※本に詳しく書いてあります。

「日本の茶生産に関する報告(1873年イギリスの領事報告)」
イギリスは明治時代から日本政府がまだ公表していない情報すら入手し、
日本の茶の生産状況・作業工程・各県の生産額・市場調査を知っていた。
世界市場における日本茶業の位置付けも的確
だった。

1878年 多田元吉らがインドに研修に行った。
おそらく公式にインドを訪れた最初の日本人

1880年代からセイロン茶が増え、中国茶独占時代は終わる
当時日本はインド茶園の状況や生産力をあまり把握しておらず、
中国茶の質が落ちたのかな位にしか思っていなかった。

1894年 インドに日本の領事館を設置。
いきなり開国したので、世界の茶の二大産地、中国とインドの茶業状況を、
曲りなりにではあるが、把握するのに20年以上かかった。


そして把握した頃には、セイロン茶との競争に圧され、四苦八苦の状況だった。
生産力や値段でも敵わなかったし、
茶を文化として宣伝しようとした日本の努力も、
物質主義が支配するアメリカやカナダでは、
健康飲料として売り込んできたセイロン紅茶に勝てなかった。


お茶場 居留地に作られた茶の加工場。明治30年頃まで35~40年続いた
日本茶の大部分は、横浜や神戸の外商が日本各地の茶を買い集め、
お茶場で市場別に再製加工して輸出
した。
日本人の女工達は一瞬たりとも休むことは許されなかった。
数百の炉に火が入り、連日卒倒者が出ても、
井戸端で水を浴びせられ、また作業場に連れて行かれた。
日本人の人権を無視したものであったが、治外法権で口出しできなかった。


茶の直輸出
直輸出した方がこのような非人道な行いも減るし、利潤も高いが、
日本は世界の茶の状況に疎かったので、直輸出も軌道に乗らなかった。


外国のどこへ、どういう品種を何商会へ、いつどれだけ送ればいいのか、
価格の設定・保険・海外送荷為替の組み方・代金回収の方法など、
貿易実務に通じていなければどうしようもなかった。


1904年頃 日本政府は茶業者への補助を打ち切る
原因は戦争もあったが、他に輸出品の種類が増え、
日本茶の世界進出は長期的に見て見込みが薄いと判断
したから。

1971年 紅茶の輸入自由化 同時に他にもいろいろ自由化した。

1978年 日本は世界有数の茶輸入国になった。
輸出3587トン、輸入12173トン。コーヒーは紅茶の10倍。


おまけ 調べてみたら、
静岡県は1904年以後も日本一のお茶の産地へと発展を続けていきます。
茶の都静岡の歴史と文化

感想
1980年の本だったのか! 
でも、現代の人よりも近代の歴史を身近に把握できているのかもしれないし、
実際に詳しかったと思う。

欧州諸国は近現代史で先進国のように振る舞ってきたけれど、
その200年ほど前は、アジアの方が豊かな文化と文明を持っていたんだな。
中国の茶・磁器、日本の茶の湯文化、インドの高度な木綿文化など。

現代の日本は、
紅茶も木材も、自分の国で作れるのに輸入しているのは、無駄が多いなあ。
紅茶も木材もすごく努力したのに、
だめだと見切ると全部放り出すのはもったいないなあ。
すぐに思いついたのが木材だったけれど、お米もそうだし、他にもありそう。

大豆も小麦も経費が掛かるから輸入した方が安いと言うけれど、
国内ならお金を使わない循環方法もできるのではないかと思います。
例えばお金ではなくて自国でまかなえる衣食住の何かで交換して報酬とするとか。
「それこそ無駄なことだ」とは思わないで、
もっと自給自足すのための良い方法を考えた方がいいと思います。
今までは工業製品を輸出して、そのお金でいろいろ買って輸入していたけれど、
これからずっとそのやり方で続けていけるとは思えないからです。
農業は環境保全の役割もある事、衣食住は本当はお金に換えられないのに、
現在は自然から切り離されてお金を稼ぐ生活になっている事を考えました。
自分もこの社会の一部として生きているけれど、
昔に戻りたいのではなく、これから良い方向に進むにはどうしたらいいか。
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