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 #2 御柱 ~最後の縄文王国の謎~ 

諏訪縄文王国
縄文文化の中でも、諏訪は特に森と湖に恵まれた楽園だった。
諏訪湖の面積は、今の倍以上
あったという。
900もの縄文遺跡があり、これほど密集する地域は他にない。

星ヶ塔遺跡 
193もの黒曜石の採掘跡
が見つかった。1t近く採れた場所もあった。
黒曜石 溶岩が急速に固まってできた天然のガラス。鏃やナイフに使われた。

日本各地に流通 日本海沿岸や北海道にまで。
諏訪の黒曜石の流通
↑三重県伊勢・福井県敦賀以西には無いんだ、びっくり。
 能登半島・佐渡島は青森や北海道に行くために重要な拠点だったのかも。
 伊豆は先端まで行き渡っているなあ。安定の東海道。

諏訪の縄文人は、質の良い黒曜石と引き換えに他の地域の産物を手に入れ、
豊かな生活をしていた
と考えられる。


水田稲作の広がり 国立歴史民俗博物館の研究より

紀元前10世紀後半に九州北部に伝わり、400年位かけて東へ広がるが、
諏訪を含む中部高地を前に、勢いは急速に衰える。

稲の伝搬紀元前5世紀
そして中部高地を迂回するように青森の日本海側へ伝わり、東北各地に南下
稲の伝搬東北へ
紀元前4世紀後半には、日本列島の大半が弥生文化に覆われる中で、
諏訪の縄文人は最後まで水田稲作を拒んだ。

稲の伝搬紀元前4世紀

紀元前3世紀 縄文王国諏訪でも米作りが始まる。

押し寄せた農耕文化は、外来の神に重ねて語り伝えられてきた。

古事記
建御名方神
出雲の大国主の息子。国譲りを拒み、力比べに負けて諏訪へ逃れ、
鹿や鷹を殺して農地を広げ、田畑を耕して農耕を広め、諏訪明神となった。


洩矢(もれや)神
諏訪を治めていた、狩猟に長け、精霊の声を聴くことができた神。
建御名方神に抵抗するために立ち上がった。

長い戦いの末、建御名方神は勝ったが、洩矢神を滅ぼさずに家来にした。

縄文から弥生の権力者交代
豊かな縄文で一万年間、安定した暮らしと精神文化が発達してきたが、
弥生の流れを汲む神を頂点に頂くことになった。
しかし、巨木を祀る縄文の神も今に残っている。



守矢家
諏訪で最も古い家。洩矢の子孫
と言われている。 
諏訪大社の神事を司る神長官を千年以上務めた。
御左口神を人間の世界に降ろすことのできる唯一の家。


御左口神(みしゃぐじ) 巨木や石に降りてくる土地の精霊。
御左口神を祀る社は、諏訪を中心に、長野県に700ある。

御頭(おんとう)御左口神総社 守矢家の社。 
鹿の骨・栗などの山の幸・お酒をお供えしている。
山からの空気が降りてくる感じがする場所。
全ての人が安全に暮らせるようにいつもお祈りしていると言う。

征服する・征服されるという関係ではなく、
縄文的な生活文化を残しながら、米作りを受け入れ、
山の縄文と低い土地の水田の神が共存しながらうまく来た。


三浦佑之教授
縄文から弥生への移り変わりは、ものすごい長い時間の中で行われていくし、
入ってきた人たちはその土地になじむ必要がある。
諏訪大社で、土地の神(洩矢)が建御名方神を祀るという構造は、
融和の象徴ではないか。


ご紹介 『季節の変化』様の、写真がいっぱいですごく分かりやすい記事です☆
「縄文王国」諏訪を眺める
御柱祭の舞台は「縄文王国」諏訪
↑許可を得ようとしましたが、コメントが送れませんでした。すみません。

おまけ  古事記編纂1300年を迎えて

感想
改めて、黒曜石の分布図が面白かったです。
近畿が寂しい。時代によって重要な場所は変わっていくんだなあ。
農耕する以前は日本海側が重要だったみたいで、出雲もすごく栄えたんだよなあ。

以前古事記を読んだ時は「なんで諏訪なのかな」と思っていたけれど、
弥生文化の支配が及んでいない場所だったんだね。

古事記をそのまま受け取ると、
『力比べに負けて、諏訪で自分の居場所を作って、
 追ってきた天照側に「もう諏訪から出ないから」と命乞いをして許された。』

諏訪大社は外から来た国つ神の神社で、天つ神の神社ではない(今さら納得)。
そして、その土地になじむために、元からいた神様と共存しているんだなあ。

ところで、東北で朝廷の支配に抗った阿弖流為の仲間もモレ(母礼)という名前で、
何か関係あるのかなと気になります。
ちょっとググった程度では分かりませんでした。

おまけ2
縄文人の知恵 (小学館創造選書 (74))
自然を良く知り、自然の中で生きていた縄文人。
忘れ去られた生活の工夫の数々。
大陸からやって来る新しい文化に喜んで飛びついたのではなく、
長い間抵抗した痕跡がある。
日本列島に本当に合った暮らしとは…?。

左のブクログにあげている本です。1985年発売。
長い間抵抗したというのは前々から言っていたことだったようです。

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