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 #1 御柱 ~最後の縄文王国の謎~ 

古代史ミステリー 御柱~最後の縄文王国の謎~

7年ごとに行われる長野県・諏訪の御柱祭。
これほどの規模の巨木の祭りは、世界でも例がない。
御柱とは何なのか? その謎を解く手がかりが、次々と見つかっている。

遠い昔、森の中で育まれた縄文人の祈り。
そして、古代の神々の争いと融和の物語。
聖なる年の熱狂の中に潜む、古代史のミステリーに迫る。


縄文時代 日本列島で15000年前から1万年以上続いた。

巨木への祈り

森は生きるための全てを与えてくれた。

森や自然にはありとあらゆる神がいて、神に囲まれて生かされていると考え、
特に巨木の神の力を強力だと感じ、祀る象徴としたのではないか。


中ヶ原遺跡(茅野市) 柱を立てて復元している。
人体に含まれるリン酸が多く検出され、縄文人の墓だと思われる。

仮面の女神(国宝) 
縄文人は、土偶を通して死者の声や神の言葉を聞きとったと考えられている。
この遺跡は神の声を聴く場所でもあったのかもしれない。


日本列島各地の縄文遺跡で巨木を祀った痕跡が見つかっている。

チカモリ遺跡(石川県) 2700年前の栗の木。
木を運ぶために穴をあけ、藤つるのような植物を通したと見られる。


なぜ縄文人は巨木を建てたのか

真脇遺跡(石川県能都町)
環状木柱列 直径7mの円を描く柱。
門扉 入口のような施設。
中心線が後ろの山に向かっている。山に関する祭祀の跡ではないか。

遺跡では280頭あまりのイルカの骨が発掘された。

富山湾には春から秋にかけてカマイルカがやってくる。
江戸時代でも、多くの集落が集まって、協力してイルカを捕獲して食べていた。

巨木の祭りは、縄文人達が他の集落との絆を強めるために行ったのではないか。



感想 今後書き込むかもしれないので3つに分けました。
今回は推測の部分を集めたのでちょっとつまんないです(笑)。
2は諏訪縄文王国について、
3は御柱祭についてです。

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