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 #1 歎異抄 

100分de名著
第一回 人間の影を見つめて 講師 釈 徹宗

歎異抄 1288年頃
誤解されやすい本 むやみに人に読ませてはいけない。

作者 唯円(親鸞の門弟)
親鸞の死後、親鸞の本意と異なる解釈が広まった現状を嘆く本

構成

一~十条   親鸞の語録
中序
十一~十八条 唯円の異義批判
後序
流罪記録



まつたく自見の覚語をもつて、他力の宗旨を乱ることなかれ。


決して自分勝手な解釈で他力の教えを乱してはいけない。

難行 僧侶になって修行で煩悩を滅して悟りを開く。自己変容型。自力。

易行(いぎょう) 法然の教えの基本。誰もが救われてこそ仏教だと考えた。
他力 修行ができない人は、念仏を唱えれば阿弥陀様がお救い下さる。救済型。


南無阿弥陀仏 サンスクリット語。
この世界に満ち満ちる、限りない光と限りない命の働きにお任せします。


阿弥陀 アミターユス・アミターバに漢字を当てた。
ミタ 限り。ア(無)が付いて、「限りない」。
アーユス 命。
アーバ  光。
南無(ナマス) おまかせします。

仏教には元から難行と易行の両方の考え方があったが、難行が主流だった。
法然は、難行と易行の主流を入れ替えた。
私が仏になる→仏が私を救う。

親鸞(1173~1263年)
9歳で出家し、比叡山で20年修行したが、消えない煩悩に苦しんでいた。
1201年 法然の一門に入り、念仏者となる。
武士や庶民の信仰を集め、広がっていった。
1207年 法然と親鸞ら7名の弟子は旧来の仏教勢力から糾弾され、流罪。
親鸞は4年後に赦免され、関東で非僧非俗として庶民と生活しながら教えを広めた
仏教の戒律に囚われず、妻と子供を持ち、肉や魚を食べた。

人間の影を見つめ、それでも人は救われると説いた。

第二条 地獄にしか棲家はない
厳しい修行・学問による悟りにも及ぶことのない未熟者の身ですから、
(念仏しなければ)地獄を永遠の棲家にするしかないのです。
阿弥陀仏の本願が本当でいらっしゃれば、
釈尊が『三部経』で示された説教が嘘であるはずがありません。
釈尊の仏説が本当であれば、
それを解釈した善導大師の注釈書が嘘であるはずがありません。

四条 たすけがたければ、この慈悲始終なし。
我々の慈悲は不完全なもの

親鸞は90年生きたが、一度も悟ったと言わなかった。

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