FC2ブログ
≪ 2019 12                                                2020 02 ≫
 - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 -

 #9前 高校講座日本史 

院(上皇) 天皇の位を譲った人。出家をした上皇は法皇と呼ぶ。
院政 院(上皇)が主導する政治のこと。
院政の行われた時代は、日本の中世が始まる大事な時代。

1086年 白河天皇が位を譲り、上皇として専制的な政治を行ったのが始まり。
その後、鳥羽、後白河、後鳥羽
と、上皇が院政を行なう時代が続いた。

全国に荘園が作られていく。
国司が管轄する公領と合わせて、荘園公領制と呼ばれる体制が成立。 
保元・平治の乱による武士の台頭。
平清盛が政権を取るまでの約100年間。



1、院政と権力の分立
白河天皇が自分の子供を天皇にしたかったことがきっかけ。
院は天皇の父や祖父にあたり、家族としては院の方が強い。治天の君とも言われた。
院近臣 院のお気に入りの貴族。院政の実務を担当。
北面の武士 院直属の武士。後に平氏が台頭。

社会の変化
財政は受領によって支えられていたが、集めた富は国家事業などに先に使われ、
下級の役人たちに給与が行きわたらなくなる。


下級の役人たちが院や摂関家など上級貴族の家の職員などを兼任
有力貴族や寺社が荘園を所有。
権力が分立(院・天皇家・貴族・寺社・武士)。

天皇を一旦引退することにより、しがらみや規則から自由になり柔軟に対処
できた。
結果として、分立する権力をまとめていく大きな働きをすることにもなった。
院政は現実的な政治を行っていたとも言える。


2、荘園公領制 荘園と公領は6対4の割合。
2つの柱が政権を支える経済基盤になり、中世の人々の生活基盤になった。
荘園 貴族や寺社の私的な土地所有。
公領 国司が支配していた土地。

平安時代後期
 ため池・用水・肥料など農業技術が発展した時代
財政が厳しい上級貴族や大寺社は、開発領主らの私領などを核に大荘園を立荘
国家も貴族や寺社への給付の代わりに立荘を認める。
立荘は白河院政~鳥羽院政の頃が最盛期。

和歌山県 ?田荘(かせだのしょう)

現在も平安時代の荘園の面影が濃い! 荘園で暮らす人々を荘民と言った。

文覚(もんがく) 武士出身の僧侶。
当時衰退していた京都郊外の寺・神護寺を復興するために努力し、
後白河院に働きかけて、?田荘を神護寺の荘園にすることに成功。


おまけ 日本の荘園 世界の荘園 

関連記事
スポンサーサイト





web拍手 by FC2

 この記事へのコメント 

この記事へコメントする















12 | 2020/01 | 02
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
月の開運法ブログパーツはJavaScriptを有効にする必要があります。


presented by
生きがいアフィリエイトのすすめ


問い合わせ先
日本国憲法

世界人権宣言


「ここの人、前になぜかニーチェについて書いてたよな、気になる」てなときに、『ニーチェ』と検索するとその記事が見つかるのです。すごいね!
ちなみに、書いていなそうな語句を検索すると、記事は見つからないけど、関連商品などが表示されます(笑)。
「5月の初め頃の記事…」と時期で探す時に便利です。

全ての記事を表示する

始めの10件位、この機能に気付かず「もくじ」の記事を作って、記事を書くたびにハイパーリンクしていました…。

日本語→英語 自動翻訳
English
♥. ♠. ♣Alice
Web page translation
最新トラックバック
まどろみ島の管理人

遊子

Author:遊子
このブログについて
トップページへ

RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

StyleKeeper