FC2ブログ
≪ 2019 06                                                2019 08 ≫
 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - - -

 #4終 マルクス・アウレリウス『自省録』 100分de名著 

第四回 今、ここを生きる

死も生と同じ自然の現象

今が本番
将来のための準備期間ではない。

丁寧に生きる

「人格の完全とは毎日を最後の日のように過ごし、
 激することなく、無気力にもならず、偽善をしないこと。」


「すでに死んでしまった者のように、
 今までに生を終えてしまった者のように、
 今後の人生を自然に即し、余得として生きなければならない。」


「神々を敬え。人々を救え。人生は短い。
 地上の生の唯一の収穫は、敬虔な態度と共同体のための行為である。」



人間は宇宙の理性(ロゴス・幸福になれるように判断する理性)を分有している。
互いに協力していくのが自然に従った行為。



世界市民主義(コスモポリタニズム)
国家という単位を超えた共同体。

他者を切り捨てたら結局自分が切り捨てられる。


理想を掲げて生きる
理想は未来ではなくここにある。


何かを達成しないと他者に貢献できないわけではなく、
今ここで生きていること自体が、他者に貢献している。


共同体の中には死者も含まれている
死者は生きている我々に貢献している。



感想
皇帝という立場なら、国のために力をふるっても仕方がないと考えそうなのに、
本当に世界市民主義が理想だと考えていたのだとしたらすごいことだな。
アウレリウスの治世が気になってきました。
wiki

名著86「自省録」
パックス・ロマーナ(古代ローマが最も繁栄を謳歌した百年)の、
最後の時代を統治した哲人君主。

水や地震などの災害、
ペストなどの疫病の蔓延、
絶えざる異民族たちの侵略など、
ローマ帝国の繁栄にかげり
が見え始めた時代。

ローマ軍最高司令官として戦場から戦場へ走り回った。
野営のテントの中で蝋燭に火を灯しながら、
自身の内面に問いかけるようにして「自省録」を綴ったともいわれています。
机上の空論でなく、厳しい現実との格闘、
困難との対決のただ中から生まれた言葉
だからこその説得力があるのです。

「君が求めるものは何だ」等と二人称で問いかけるように書かれているのは、
弱い自分を戒め叱咤激励するような思いが込められているとされますが、
読み手に呼びかけているようにも聞こえ私たちの心の深いところに響いてきます。


「人間は宇宙の理性を分有している」は、
スピノザの「人間も神(自然)の一部」という考え方と似ていると感じました。
スピノザは、ユスティニアヌス1世が廃した、
古代ギリシアやローマ帝国の考え方を掘り起こしたから批判されたのかな。

スピノザの決定論とストア派の宿命論って何が違うんですか?
ストア派のは自由意志と運命論が両立するという考え
スピノザのは一元論→唯物論→決定論で自由意志はない

前回のスピノザと、今回のアウレリウスを見て、
生活に追われて自分を見つめることができていないなと思いました。
でも、生活に追われているのはいつの時代も同じで、
現代は知りたいと気付いたらすぐに知ることができるのはありがたいことですね。
私が知りたいことは何か、知る時間を作ろう。



関連記事
スポンサーサイト
web拍手 by FC2

 #3 マルクス・アウレリウス『自省録』 100分de名著 

第三回 困難と向き合う
悲しみは不幸ではない


善悪無記 「区別がない」という意味。
どんなものでも、それ自体は善でも悪でもない

ロゴス(幸福になれるように判断する理性)を正しく働かせる
これをアレテー(徳・魂が優れていること)の状態
と言う。

財産や地位を得ること自体は善悪無記。
財産や地位はアレテーと共にあれば善となる。


絶えず問い続けなければならない。

困難自体は悪・不幸ではない。
困難により得るものもある。


どんな苦難の中にあっても自分を見失ってはならない。囚われてはならない。
悲しみは自分と向き合うこと。押さえつけてはならない。


運命論 自分の運命を積極的に受け入れる。
起こることは、すべて正しく起こる。
自然に即して悪いものは何一つない。


今いる困難な状況こそ、哲学を学ぶために適している
アウレリウスは哲学者になりたかったが、運命を受け入れて皇帝になった。
皇帝になった後も哲学を学び、心の自由を保つように努力し続け、
政治の世界でも哲学の教えを実践し、市民を幸福に導くことを使命とした。


自分に起こり織り込まれたもの(運命)を愛し、歓迎すること。

運命から逃れることができなくても、
どう受け止めるかは自分で選ぶことができる。


全てを受け入れてはいけない
他人が「あなたの運命だ、受け入れなさい」と言うことは受け入れなくていい。
自分で自分の内側を掘って善だと判断した結果、受け入れたらよい。

自分で納得したことなら受け入れる。天災ですら受け入れられない。

信頼
他者が困難を克服する力があると信じられること。
困難に立ち向かう力があると自分を信じること。



感想 
ストア派

善悪無記はスピノザでも言っていたけれど、
紀元前にこういう考え方が存在していたんだなあ。
なのに2000年以上経過しても浸透していないんだなあ。
古代ギリシアやローマ帝国では非常に流行していたけれど、
キリスト教の教義と調和しないものとして、
ユスティニアヌス1世が全ての学派を廃したのか。

キリスト教にとってはローマ皇帝がキリストの処刑を命じたから仕返しなのかな。
でも、人間の幸福が主軸だったのに神の教えが主軸になった気がして残念だなあ。

運命を受け入れるかは自分の判断が必要とは、不安になるけど、
これは、#3スピノザがわかりやすいと思います。
自分を貫く必然性や、今置かれている状況を認識する。
さまざまな原因のからみあいを見つめ、解き、よい方向へ欲望を立ち上げる。

自由になる 受動的な状態を脱出し、能動的になる。
しかし完全な自由・能動になることは神でもない限りできないことを知っておく。

できるだけ諸感情を認識し、受動(自分以外の本性・力)を減らし、
自分の力を表現できるようになれば、より自由に近づける。

その条件にうまく沿って生きることで活動能力を増大させること。


運命をどう捉えるかは自分次第で、
他人に言われることではないんだなあ。
他人に言うことはおせっかいなんだなあ。

でも、大事な人が悩んでいたら幸福になれるように何か言いたくなるなあ。
私は、強制されるのは嫌だけど、自分の視野では大したことがないと思うから、
助言はしてほしいと思います。
でも、助言がもらえなかったとしても、他人のせいにはしない方がいいんだな、
自分の人生なのだから、その状況を変えるために行動し続ける方がいいんだな。



関連記事
web拍手 by FC2

 #2 マルクス・アウレリウス『自省録』 100分de名著 

第二回 他者と共生する

対人関係
人と関われば摩擦が生じないわけにはいかない。
悩みの源泉ではあるが、生きる喜びも、人との関係の中で得ることができる。

許すだけでなく、過ちを犯した人を愛せ
自分も不完全な人間で、過ちを犯した人と同類だから。

人間は協力する状態が本来であり、対立している状態を改めるきっかけ。
道徳的な考えではなく、人間は弱いから、それが自然な宇宙の秩序である。

過ちは無知から
何が善で、何が悪であるかを正しく判断できないから。
悪とは「自分にとってためにならない」という意味
で、道徳的な意味は含まれない。

「怒らずに、教え、そして示せ」
怒って相手を抑え込もうとすると、反発や対立を招く。

復讐する最善の方法は、自分も同じような者にならないこと。
やり返すのではなく、喧嘩から降りること。
怒りは怒りで返せと言っているようでは家庭も世界も平和にならない。
怒りや憎しみを持ち続けて生きるのは自分自身にとって幸福ではない。

「人間は互いのために生まれた。だから、教えよ。さもなくば耐えよ」 
怒りの感情を抑えて我慢してするのではなく
怒りの感情から解放されて寛容になること怒っても意味がないと知ること。

「次の結論を心に留め、心を和らげよ。
 理性的な生き物は互いのために生まれたということ。
 我慢することは、正義の一部であること。
 人は心ならずも過ちを犯すということを。
 このことを知っていれば、その時、
 お前はすべての人に優しくあるだろうから。」


「できるならば、教え改めさせよ。
 しかしできないならば、これ(他者の過ち)に対して
 寛容がお前に与えられていることを覚えておけ」



賞賛を求めない
自分や自分の行為の価値は、誰かの評価とは関係ない。
他者に振り回されない。


「絶えず波が打ち寄せる岬のようであれ。
 岬は厳として立ち、水の泡立ちはその周りで眠る。」



褒めてはいけない
褒められないと適切な行動をしなくなる。
褒める人に操作されかねない。
それは不自然な生き方。


承認欲求 現代社会はかなり理性(ロゴス)が歪んでいる。
自分の価値も他人の価値も自分で判断できなくなっている。



感想 
評価されなくても、批判されても、
自分がより幸福に生きられるように、
自分で何を努力したらいいのか考えて行動し続けていたら、
自分の人生が忙しくなるから人の評価は気にならなくなるのかな。



関連記事
web拍手 by FC2

 #1 マルクス・アウレリウス『自省録』 100分de名著 

第一回 自分の「内」を見よ 講師 岸見一郎さん

自省録
著者 第16代ローマ皇帝 マルクス・アウレリウス
(121~180)
160年頃から20年間位かけて書かれた。
自分の内面を見つめ、己を律する言葉が綴られた手記。
困難を乗り越える指針を書き残した。
自分のための覚書として、公開する意図はなかっただろう。

パピルスや羊皮紙に写されていた。
脆弱だったので後世の人々が写本して書き残した。
政治性はほとんど皆無だったので残ったのだろう。
1559年に初めて印刷・出版された。



皇帝に仕える名門家庭に生まれ、
少年時代は一流の学者や家庭教師に囲まれ、
特にストア哲学に熱中した。

第15代ローマ皇帝、アントニヌス・ピウス(86~161)は、
勤勉で優秀なアウレリウスを次期皇帝に指名
した。

哲学者になりたかった18歳のアウレリウスは皇帝になることに恐怖したが、
運命を前にして拒むことなく政務についた。

140年、執政官に就任し、皇帝のそばで、昼は政務、夜は哲学の勉強をした。
161年、皇帝に即位。

我々を守ることができるものは何か。
それはただ一つ、哲学だけだ。


ストア哲学
ストア 「柱が並んだ廊下」という意味。そこで哲学者たちが議論していた。
「stoic」の語源。
忍従の哲学ではなく、運命をいかに克服していくかを説く実践の哲学

プラトン
「政治を行う人が哲学を極めるか、哲学者が政治家にならなくては、
国家にも人類にも不幸が已むことはない。」



アウレリウスは哲人皇帝を目指したが、
自省録では弱音を吐いている部分もある。


苦手な部下たちと仕事をするために自分を戒めている。

朝、今日も嫌な奴らに会うだろうと覚悟する。
おだてられても偉そうにしない。
嫌な宮廷でも善く生きることができる。

など。

善く生きる
ギリシャ語で「善」とは道徳的な意味はなく、「為になる」・「幸福に生きる」

常に最初の表彰に留まり、自分で内から何一つ言い足すな。
そうすれば、お前には何事も起こらない。


例えば、〇〇から「△△が自分の悪口を言っていた」と聞いた時、
自分が「傷つけられた」と判断したらそれが本当になる。
表彰は「〇〇が『△△が自分の悪口を言っていた』と言った」こと。
それが真実かどうかもまだ分からない。

表彰に余計な判断を加えるな
お前が何か外にあるもののために苦しんでいるのであれば、
お前を悩ますのは、その外なるものそれ自体ではなく、
それについてのお前の判断なのだ。


例えば、子供が勉強していない所を見て、
この先も勉強しないだろうと悩むのはお前自身だ。

事物は魂に触れることなく、お前の外に静かにある。
苦悩はお前の内なる判断からだけ生じる。


理想を掲げて努力する
哲学は、現実を追認することに終始してはいけない。
指摘するだけでは現状を変えることはできない。
自分がどのように生きたいか方向性が必要。

自然に一致して生きる
宇宙の秩序である理性(ロゴス)
に従って生きる。
理性とは正しく判断する能力。どうしたら自分のためになるか。

お前の内を掘れ。
掘り続ければ、そこには常にほとばしり出ることができる善の泉がある。



外からの情報だけに振り回されず、内を見つめる。

掘り続けないといけない。





関連記事
web拍手 by FC2
06 | 2019/07 | 08
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
月の開運法ブログパーツはJavaScriptを有効にする必要があります。


presented by
生きがいアフィリエイトのすすめ


問い合わせ先
日本国憲法

世界人権宣言


「ここの人、前になぜかニーチェについて書いてたよな、気になる」てなときに、『ニーチェ』と検索するとその記事が見つかるのです。すごいね!
ちなみに、書いていなそうな語句を検索すると、記事は見つからないけど、関連商品などが表示されます(笑)。
「5月の初め頃の記事…」と時期で探す時に便利です。

全ての記事を表示する

始めの10件位、この機能に気付かず「もくじ」の記事を作って、記事を書くたびにハイパーリンクしていました…。

日本語→英語 自動翻訳
English
♥. ♠. ♣Alice
Web page translation
最新トラックバック
まどろみ島の管理人

遊子

Author:遊子
このブログについて
トップページへ

RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

StyleKeeper