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 2017年10月の記事一覧 

 #4終 維摩経 

第四回 あらゆる枠組みを超えよ!

第9章 入不二法門品(にゅうふにほうもんぽん)
不二    「二つではない」という意味。
不二法門 二項対立を解体した悟りの世界。
三十人以上の菩薩が二項対立の概念とそれを解体した不二の法門
を述べていく。

対象と主観・体と精神・自分と他者・光と闇・真実と虚偽・善と不善・聖と世俗・
徳と悪・智慧と愚痴・生と死・色と空・悟りと迷いなど。

二項対立を否定する理由
世界を二分して考えるのは原理主義。
信仰のある者とない者に二分すると世界への認識が歪む。


珠頂王菩薩の答え
正しい道と間違った道があると人は考えがちですが、
間違った道に足を踏み込んだことのない物は、
何が正道で何が邪道なのかは分かりません。
正道と邪道を分けて考えることを止めれば、
その先には不二の法門
が待っているのです。

これまで維摩経が説いてきた「大乗仏教と初期仏教」の対立すら否定

文殊菩薩は不二の法問を「言葉も思考も絶えた世界」と語った。

文殊菩薩は維摩にも意見を求めたが、維摩は一言も発しなかった。

「すばらしい! 一文字も一言もないとは!
 これこそすべての境界が解体された世界です」


維摩の一黙雷の如し
維摩が沈黙したことで皆が雷に打たれたように不二の法問について悟る
という場面。


第10章 香積仏品 香りで教えを説く仏の国の人が登場。
私達の国は香りで素晴らしい仏の国となっていますが、あなたの国は?と維摩に尋ねる。

無数にある仏の国 
大乗仏教では様々な次元の国があり、それぞれの仏が教えを説いていると考える。
別世界から来た人によって「この世界」が相対化される。


維摩は、
この国の人は荒れやすいので、お釈迦様は出家・修行・戒律を説いたと答えた。

普通の暮らしが理想だが、できないなら出家するしかない
という思想。


第11章 菩薩行品 お見舞いを終えて維摩も一緒に皆で釈迦の所に来る。
釈迦の言葉

衣食住で導く国、仏が姿を現して導く国、いろいろとある。
求める心があれば、香り・音・光など、あらゆるものが仏教の法(真理)を説く。
仏の教えは多様で、限りなく、全ての人に対して開かれている。



第12章 見阿閦(あしゅく)仏品 維摩の正体

妙喜国という名の仏国土があり、
そこの仏様は阿閦(あしゅく)仏と呼ばれていますが、
維摩さんはそこからこの世界にやってきたのです。



妙喜国
西方にある阿弥陀仏の極楽浄土に対し、東方にある阿閦仏の仏国土。


他の経典にも維摩やその親族が登場
月上女経
 維摩の娘が登場する経典。光から生まれた美女で、竹取物語の源流


第13章 法供養品
法四依
 心がけるべきこと
1、義(本質)に依りて語(言葉)に依らず 
2、智(本質を見抜く知恵)に依りて識(歪められた認識)に依らず
3、法に依りて人に依らず 
4、了義経(本質が書かれた経典)に依りて
  不了義経(枝葉末節が書かれた経典)に依らず



第14章 嘱累品 経典らしく釈迦の言葉で終わる。
釈迦は仏道を歩む者のあり方や、躓きやすい事柄などを述べた。
次の仏陀となる弥勒菩薩を始め、一同は釈迦亡き後もこの教えを守り伝えることを誓う。


「この教えの名を何と名付けましょう」
「『維摩詰所説経』あるいは『不可思議解脱法門』と呼びましょう」

この集まりにいたすべての存在は、大いなる歓喜に満たされたのである。



法話・説話の極意 はじめしんみり なかおかしく おわりとうとく

出家者が在家者より偉いという思い込みがなくなった。
在家者の生き方も問い直してくる。


解体と再構築
こだわり・思い込み・執着が強いほど苦しくなる。
あらゆる枠を外し、解体して再構築して生き続けることが大事。



こぼれ話 
理想の生き方は、世俗社会で生きながらもそれに執着しないこと。

すべては関係性によって成立しており、実体はない。
だからこそ自らの修行の完成ばかりを目指さず、社会性や他者性を重視せよ。


「自分というもの」を小さくしていけば、もっと楽に生きられる
自分が積み上げてきたものや作りあげた物語に固執し、
「自分は常にこうあらねばならない」と思い込んで、
人生を生きづらくしてはいないか。

自分と言う枠を外し、意識的に他者と関わる
しかし、関わった場所に固執しすぎると二項対立の思考に陥りがち

正義を振りかざして他者を支配しようとしたり、
ひとつの主義主張を信じ込んで、
異質な主張があれば排除する風潮がはびこったりと、
原理主義のようなものがばびこって息苦しくなる。


「維摩経」は、そうした人間の性向を照らし出し、脱け出す手立てを示してくれる。

現代人は迷惑をかけるのもかけられるのも苦手
互助関係はしがらみだと捉え、逃れたいと思ってきた。
迷惑を掛けなければ自由という価値感は、美徳でもあるが傲慢
でもある。

誰でも、他者に迷惑をかけねば生きていけない。
だから、いかに上手に迷惑をかけるかが生きるすべ
なのだ。
頼ったり、頼られたりする経験を積み重ね、どこかで自分を他者に委ねる覚悟も必要。

いろんな場所と関わる
本当に自由で自立しているのは、多様に依存している状態。

いろんな活動に参加すれば、どこかの縁が薄くなってもそれほど気にならない。
縁があればつながり、縁が無ければ離れる。
こだわりや執着を手放せばいつでも自由に生きていける。



感想
聖徳太子も維摩経を理解していたのか~。
今まで纏めてきた道元さん・親鸞さん・良寛さん…皆様も知っていたんだろうな~。

おまけ 超訳【維摩経】
めちゃくちゃ面白かったです! ありがとうございます!ありがとうございます!
釈迦は500人もの弟子に断られていたのですね(笑)。菩薩には命令口調(笑)。
万とか億とか兆とか、規模が大きい。最後はすごく高揚する。



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 #3 維摩経 

第三回 縁起の実践・空の実践

五章の続き
文殊菩薩は、部屋が空っぽなことに気付いて質問する。
維摩は「空だからですよ」と答える。

空 初期仏教の縁起という教えを発展させたもの。

縁起 独特の因果律。特定の理由を原因としない。
この場はどういう縁で成り立っているか。
生かされていると言う視点で見ると、一つが原因ではない
ことに気付く。

全ては関係性によって成り立っている。
あらゆる現象・存在は固定的ではなく実体はない。


花と雑草を区別しているのは自分の心。
区別なく見ていこうという考えが空に発展していった。


空とは無分別 
認識したり、思考したりすることはできない。
認識すること自体が空
ということにならなければ無分別とは言えない。


空に行きつく方法
六十二見(仏教以外の異説。唯物論・運命論など)から求めるべき。
仏教以外の思想・信仰を排除しない
という大乗仏教的態度。
始めは排除していたが、空の思想が発達し、
仏教を学びたいという心があれば、
異説・異論からも仏教の事が分かるという考え
に至った。

六十二見に行きつく方法
仏の悟り
の中から求めればいい。

仏の悟りに行きつく方法
世の中の人々の心の働き
に求めればいい。

らせん状に論が深まる 仏教らしい手法。


空の実践 

自分というものにしがみついてはいけません。
私達の身体は要素が集合したものに過ぎず、
しかも全ては刻々と変化し続けています。
自分というものは、いつまでもあるような錯覚に陥りがちですが、
それこそが執着であり、苦悩の源となっているのです。

唯一絶対のもの、ただ一つで存在するものなどないのです。
これを空と言うのです。


我々は生まれた限り刻々と死につつある、生と死の連続体である。
そのように生命や世界を捉えると自分にしがみつく心が弱まり苦しみが低減する。

空病 「これが空だ」とこだわること。

空 真ん中は空っぽ。安住させてくれない。楽でも不安でもある。
真ん中に理論を持ちこむと、正統・異端・順列が生まれる。

自ら三毒などから離れ、それを人々のために実践し、
人々に振り向ける
のが菩薩の役目なのです。

自分だけ悟りを開いて安住することなく、
苦悩の世俗の中で社会や他者と関わり続ける
ことが大切なのです。



日本仏教は維摩経に大きな影響を受けている。
出家の形態にこだわらず、半僧半俗の層が厚い。


第六章 不思議品
維摩と文殊菩薩の話を聞いていた舎利弗は椅子を探し始める。
「あなたは法(真理)を求めにやって来たのですか。
 それとも椅子を探しにやって来たのですか。」
あなたが探している法とは何なのでしょう。私の教えの事でしょうか。
 だとしたら、それはただの言葉に過ぎません
 真理には姿や形はありませんし、見たり聞いたり認識することもできませんから。
 もし、見たり聞いたり認識できるのなら、それは真理ではありません。

 となると、あなたは何を求めてここにおいでになったのでしょうか。」

悟りの世界は思い測ることができない
「悟りの世界は、私達の身の回りの全てに顕現し、表現されているのです」

第7章 観衆生品
天女が現れ、花びらをまき散らした。

菩薩達には花びらがくっつかずに床に落ちるのに、
舎利弗達弟子にはくっつき、必死で取ろうとする

「華が出家者にふさわしくないと分別しているのはあなた自身ですね。
 あなたが自分で「ふさわしい」とか「ふさわしくない」といった、
 分別をしているにすぎません」

舎利弗には美しい花びらは欲望の対象に見えたのだろう。真面目な修行僧である。
しかし花びらにこだわりがあるために、却ってくっつく。
菩薩達は分別からすでに離れているから花びらがくっつかない。

第8章 仏道品

「菩薩はどのようにして仏陀の悟りへと到達するのですか」

「もし菩薩が自らの苦悩と罪に満ちた迷いの世界(非道)へと行き、
 そこを生き抜くならば、それこそが悟りへの到達です」


悟りなしに迷いもなく、迷いなしに悟りもない。
周りの泥があるからこそ花は咲く。


全ての土俗の宗教や巧みの技・技芸や生きていく数知れない術を、
ことごとく極めつくして世の人に恵みを与える。


争いごとが起これば慈悲の心を起こして人々と語り合い、
平和なる地へと
住まわしむ。

戦陣を見た時には双方の戦力が偏らないようにし、
自らは勇気をもって和平を提案
する。


仏教以外の宗教、様々なものづくり、芸能も、
こだわりのない心で慈悲の活動をすれば、人々に恵みを与える空の実践になる。


その考えを元に、様々な活動にかかわるのが縁起の実践になる。
でもそこにしがみつかないのが空の実践になる。

地縁・血縁が薄れた現代に、縁起の実践・空の実践という二本柱が重要。



おまけ1 中空構造日本の深層(河合隼雄)
「真ん中は空っぽ」で思い出しました。この本は面白かったです。
大陸風の国を形作ろうとした頃に伝わった維摩経は、日本仏教だけではなく、
日本人の考え方や日本神話にも影響しているのかもしれないなあ。
当時に伝来したのが全てに囚われないことを目指す維摩経で良かった…とも思いました。
永遠に使える鏡をもらった気分です。
実践し続けるのは難しいという意味で、永遠の課題をもらったような気もします。

おまけ2 #2 100分de日本人論
中空で妥協を図る生き方自体は悪くないと思うが、対外的に無自覚なのは問題だよなあ。



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 #2 維摩経 

第二回 得意分野こそ疑え
第三章 弟子品
釈迦が維摩のお見舞いに行くように直弟子に言う。しかし弟子達は嫌がる。

釈迦の十大弟子
1、舎利弗         智慧第一。
2、目連          超能力。
3、大迦葉(だいかしょう) 厳格な修行者。釈迦より年上説。
4、須菩提(しゅぼだい)  「空」の最高理解者。
5、富楼那(ふるな)    説法の名手。
6、迦旃延(かせんねん)  論議の達人。
7、阿那律         天眼の持ち主。
8、優波離(うばり)    戒律の精通者。
9、羅?羅(らごら)    釈迦の息子。
10、阿難(あなん)    記憶力抜群。


弟子たちの行きたくない理由から、維摩の人物像が見えてくる
1、俗世間で修行すべきだと言われたことがある。
舎利弗は一番の優秀な弟子だが、この後も狂言回しのような役割をする。

2、在家に聖者(出家者)の道をお話しするのは間違っていると言われたことがある。
説法とはありのままの姿(法)を説かなければならない
すべては変化し続ける、不変の実体はない、すべては関係性の中で成立している、
すべての存在は集合体である。
その立場に立つことこそが仏教である。
自分の枠組みを押しつけていると指摘された。

3、乞食行で貧しい人からもらうことが多いと指摘されたことがある。
貧しい人に徳を積ませる為・贅沢な食物をもらわない為という考えは、
すでに自分の中にこだわりが生じている。

相手と自分との境目が無ければ何のこだわりもなく食べ物が受け取れる。
すべては関係性の中で成立しているのだから、乞食行は施す側のためのものでもある。
施す側とされる側と言う枠組みを外すと本当の乞食行になる。


5、
説法の際には、まずは自らの感覚・感情・認識を無くして、
相手の内面を観察したうえで行うべき。
自分と他者との関係の中で説法を再構築するべき。
と言われたことがある。


第四章 菩薩品 全員の弟子に断られたので、今度は菩薩の中から選ぶ。
弥勒菩薩 
初期仏教の頃から出てくる存在。
釈迦入滅後56億7000万年後に次のブッダとなることが約束された菩薩。


維摩は、未来仏という存在は過去も未来もない仏教では成立しないと指摘した。

仏教は今この瞬間しか世界は実在しないという立場なのに、
弥勒菩薩に「未来や過去にこだわりがあるのでは?」
と問うた。

授記 仏が弟子の未来の成仏について予言すること。
維摩は大乗仏教の根幹をなす授記にすら揺さぶりをかける。


光厳童子 道場の意味について諭された。

持世菩薩(じよぼさつ)
魔王に騙されかけた時、維摩の神通力で助けられた。

善徳 盛大な施しの催しを開いたが、疑問を呈された。


得意分野は弱点でもある
釈迦の優れた弟子たちの得意分野を揺さぶる。再構築を迫られる。


維摩の活動は慈悲の実践
維摩は周りの人を導くために嫌な役割を果たしている。
なかなかできることではない。


第五章 文殊師利問疾品
文殊菩薩 智慧をつかさどる菩薩。
嫌だけどお釈迦様の頼みに応じた。弟子達はついて行くことにした。

維摩は家族を外出させ、部屋を空っぽにして寝て待っていた。

維摩は、文殊菩薩に来訪の礼を述べた後、いきなり切り出した。
「あなたは、来ないという姿(不来迎)でここに来られた。
 そして、見ないという態度(不見相)で見ましたね」

文殊菩薩は動じず答えた。
「まさに、今、この瞬間しか実在できないのですから。
 同様に、何かを見るということは、何かを見ないことでもあるのです」


「病の原因は何なのでしょう。何をすればその病は治るのでしょうか」

ものごとの本当の姿を理解できないということ(痴)と、
 制御できないほど次から次へと貪る心
(有愛:うあい)が原因で、
 誰もが罹る病です。
 もし全ての人がこの病気に罹らないでいられるならば、
 その時こそ私の病も完治することでしょう。

 ここの世界の人々を自分の子どものように愛するのが菩薩の道です。
 つまり、菩薩の病は大悲(限りない広大な自愛)から起こるのです。」


三毒(克服すべき三つの煩悩) 貪欲(有愛)・瞋恚(しんに)←怒り・愚痴(痴)

維摩の病は世界全体の病を表していて、出家者は健康で病の事が分かっていない。
出家者は健康の概念や医療用語の話ばかりして病気を治そうとはしていない。
維摩は自分と他の人々との垣根をなくした結果、病気になった。



宮沢賢治 大乗仏教を熱心に勉強した人。
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」



智慧の象徴である文殊菩薩と慈悲を実践する維摩の出会い
この構成に維摩経を作った人の意図が感じられる。

智慧無き慈悲も、慈悲無き知恵もだめ。



感想
お釈迦様の頼みを断るみなさんw
自分で行った方が早いのに、行ってくれる人を探し続けるお釈迦様に愛を感じる。
自分の殻を破るきっかけを与えようとしているのかなと解釈しました。
文殊菩薩は嫌だけど智慧に対する探究心が勝ったのかなと思いました。

5番は、30歳にならないと分からないことを子供に言っても分かってもらえない。

不思議だったのは弥勒菩薩。次の釈迦だと言われている菩薩。

#3 正法眼蔵 現在に集中しろと言うのは維摩経から学んだのかな。




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 #1 維摩経 

100分de名著
第一回 仏教思想の一大転換 
講師:釈徹宗さん 著書:『なりきる すてる ととのえる』など。

維摩経 大乗仏教の理想形
物語性が高く、宗教文学的な側面も強い。

紀元1~2世紀頃制作。
日本へは飛鳥時代に伝来。6世紀前半。
三経義疏(さんぎょうぎしょ) 聖徳太子の編著とされる仏典注釈書。
ここにも維摩経の名前がある。日本仏教の方向性を決める際に影響を与えた。

今回は漢訳版を学ぶ。
漢訳は5世紀の鳩摩羅什(くまらじゅう)が翻訳。
サンスクリット語で書かれた写本が1999年に発見され、チベット語に翻訳した。

『維摩詰所説経』 全3巻・14章。
上巻
第1章 仏国品(ぶっこくぼん)
第2章 方便品
第3章 弟子品
第4章 菩薩品

中巻  
第5章 文殊師利問疾品
第6章 不思議品
第7章 観衆生品
第8章 仏道品
第9章 入不二法問品

下巻
第10章 香積仏品 
第11章 菩薩行品
第12章 見阿閦仏品(けんあしゅくぶつぼん)
第13章 法供養品
第14章 嘱累品



主人公は在家仏教信者の維摩。
維摩経を生んだ大乗仏教は出家者と在家者の区別をあまりしない

紀元前5世紀頃 仏教の誕生 開祖:釈迦

初期仏教 出家修行を中心とし戒律を厳格に守る保守派。
今では上座部仏教としてタイ・スリランカ・東南アジア諸国などに広まっている。

大乗仏教
紀元前後に登場。在家仏教者の活躍や革新派から生まれた。
今ではチベット・中国・ベトナム・日本などに広まっている。


脱構築装置 
飽くなき上書き
のおかげで仏教は大変わかりにくい。

教えにも執着しない仏教 #3 ブッダ「真理の言葉」

釈迦の言葉 「中阿含経」 阿梨咤経より
「私の教えは川を渡るための筏のようなものである。
 そして向う岸に渡ったら筏を捨てていけばよい」



大乗仏教の主題
1、菩薩道 大乗仏教では悟りを求め歩む人は全て菩薩
優れた修行者だけではなく、全ての人が悟りを開ける

2、「空」の理念
初期仏教での「空」は「からっぽ・無い」という分かりやすい定義だったが、
「聖と俗」など二項対立を解体する理念として「空」を発達させる。
二つに分けているのは我々の分別であり、本質は「空」である。

3、「他者性」と「社会性」の重視
本来の仏教は、出家と言う形態より人々と関わるものだったのではないか


第一章 仏国品(ぶっこくぼん)
仏の国とは、仏のように生きようとする人々がいるこの世界に作られる。

「この世界には醜いものもある」と考える弟子に、釈迦は語る。
「あなたが見ているのは実際の姿ではなく、あなた自身が生み出した姿なのです」

自分で自分の歪みは分からないので鏡に映して点検しなければならない。
その鏡(基準)が仏教の教え。


六波羅蜜(6つの修行法)
我々は、自分の都合を通して物事を歪んで認識してしまうので苦しみが生じる
自分の都合を捨てるための修行。智慧。
1布施 2持戒 3忍辱 4精進 5禅定 6智慧

四無量心(理想的な精神) 全ての執着を捨てていく心。慈悲。
1慈無量心 2悲無量心 3喜無料心 4捨無量心

四摂法(理想的な行為) 協力して生きていく慈悲。
1布施 2愛語 3利行 4同事

初期仏教は智慧に重きを置き、大乗仏教は慈悲にも重きを置いている。


第二章 方便品
方便 真実に近づくための方法。

維摩登場 いきなり病に倒れている。

私達の体は…さまざまな因縁によってたまたま成立しているだけなのです。…
やがては…ばらばらに分離してしまいます。
単独で成立し、決して変化せず、何物にも関係していない存在など、
この世には無いのです。


維摩は体も精神も関係性で成り立ち、変化し続けると言う立場で苦しみを引き受ける。



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 今につながる、江戸をつくった徳川15代将軍の偉業 

今でしょ!講座より

初代 家康 在位2年(1603~05年) 
今につながる埋立地と水路
当時は現在の皇居のすぐ近くまで海だった。
人が住む場所を作るため、現在の日比谷と丸の内のオフィス街辺りを埋め立てた
江戸発展のためにつくった水路の上に、現在は首都高速が作られている。

上野東照宮 
社殿(金色殿)
 創建当時の金色の輝きを保っている。家康の陣羽織が残っている。
↑黄金の寺。秀吉がうらやましかったのだろうか?

昇り竜が下を向き、降り竜が上を向いている
「上に立つ者ほど頭を下げろ、下を見なさい」
という家康の教え。


二代 秀忠 在位18年(1605~23年)
武家所法度など。

三代 家光 在位27年(1623~51年)
大奥・参勤交代など。

今につながる外堀 大名たちに作らせて力を削いだ。
現在では同じ場所に電車が走っている
水路は低い場所だったので中央線・総武線の東京~新宿間は踏切が無い
東京・飯田橋・市ヶ谷・四ツ谷 これらの駅は城を守る見附(見張り台)だった。
見附は枡形門だったので、駅の敷地にちょうど良かった。


四代 家綱 在位28年(1651~80年)
1657年 明暦の大火 江戸の6割を焼き、江戸城の天守閣も消失。
今につながる繁華街
現在も昌平橋を渡ると広場がある。江戸時代は火除け地(空き地)だった。
広小路 一定間隔で火除け地をつくった。
建物を建てることを禁じ、屋台だけ許可したら、皮肉にも屋台が集まり繁華街になった。
浅草雷門の前も火除け地
だった。

五代 綱吉 在位28年(1680~1709年)
今につながる湯島聖堂
大学の礎 勉強したい人は誰でも無料で学べる場所。町人にも開放
した。
町中に寺子屋が広まった。神保町の古書店街の礎にもなった。
昭和に再建された。本殿前の4枚の石は江戸時代のもの。


六代 家宣 48歳という最年長で継ぐが、3年で亡くなる。(1709~12年)

七代 家継 5歳で継ぎ、3年で亡くなる。(1713~16年)

八代 吉宗 在位29年(1716~45年) 
享保の改革・目安箱・小石川療養所など、庶民のために尽力。
花見文化
 隅田川の土手を踏み固めてもらう目的もあった。

今につながる動物園 
 ベトナムから中国経由で輸入。
それ以前にも権力者に贈られたことはあったが庶民が見ることはなかった。
動物園という概念は明治時代にヨーロッパから来たものだが、
それ以前に吉宗は「庶民に珍しい動物を見せてやろう」という発想を持っていた。


九代 家重 在位14年(1745~60年)
吉宗の政治を継承。

十代 家治 在位26年(1760~86年)
平和な時代。初代から約150年経ち、江戸の人口が100万人に達する。

十一代 家斉 50年(1787~1837年)
50年平和を維持し、文化と芸術を発展させた子沢山将軍。
あまり締め付けを行わなかったので町人文化が発達
食べ物屋の番付表 鰻屋・寿司屋など、店の種類ごとにあった。
職人が集まり、女性が少なかったので外食文化が発達した。
写楽・北斎などが活躍。

十二代 家慶 在位16年(1837~53年)
外来船によって政治が不安定に。

十三代 家定 在位4年(1853~58年)
 
十四代 家茂 在位7年(1858~66年)

十五代 慶喜 在位10か月
1867年 大政奉還

混乱に乗じて外国に侵略されないように反幕府軍とは戦わなかったのかもしれない。

林先生のお言葉(まとめました)
歴史とは自分に繋がる部分を学び、自分を認識し直すこと。


感想 ついでに他の15代将軍のまとめもいろいろ見ました。
記事ごとに着眼点が違って、改めて歴史とはいろんな見方があるなあと思いました。

正確な年号は知りたい時にすぐ調べられるようになったから、
これからは正確な年号を暗記するよりも、なぜそうなったかなど、
歴史の内容を理解することに力を注げるようになっていくかもしれない、
そうしたら、より現代の生活に歴史が生かせるようになるかもしれないと思いました。


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