FC2ブログ
≪ 2017 08                                                2017 10 ≫
 - - - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
 2017年09月の記事一覧 

 #4終 2億5千万年後の地球 

地球時計
46億年の地球の歴史を一日24時間の時計に置き換えると、
人類は23時59分58秒
に現れる。

ピーター・ウォード教授(ワシントン大学・古生物学)
地質学では過去も未来も研究するから、
人類の時代が過ぎてもその時計を進ませ、ずっと先の未来まで見通す必要がある

新しい地球時計の提案
地球が存在すると推定される120億年を12時間と設定。
複雑な生物は4時に登場し、5時までしか生きられない。現在は4時半。
そして残りの時間で再びバクテリアへと戻っていく

人類の文明の時代は、
複雑な生物が生きられる1時間の中の、さらに1000分の1秒に過ぎない。
しかしその1000分の1秒の間に、人類は世界を変えてしまった。


サラ・プラス博士
心配なのは、人類が地球そのものや自らに与える損傷
この惑星に存在した種の中で、人類は地球に対して最も支配的

私達が生態系に与えた破壊を示すはっきりとした地層ができるでしょう。
今起きている非常に明確な化学変化は、
海で生まれる石灰岩に確実に記録されるでしょう


ピーター・ウォード教授
様々な種の消滅が地質年代の変わり目になる。
大きな意味で人間は今地質年代を変えようとしている
地球の大部分で大型の化石となる動物を減らしているからです。

未来の古生物学者には何が起きたかが分かるはずです。
そして、自滅するとは何と愚かだと思うでしょう。



私達が最終的に自分達を滅ぼすかどうかは、まだ議論の余地がある。


おまけ1 
超大陸・超海洋の形成と分裂 地球が一定の周期で繰り返す変化の一つ。
ヌーナ   19億年前
ロディニア 10億年前
ゴンドワナ  5億5千万年前
パンゲア   2億5千万年前
 ペルム紀。 
アメイジア  2億5千万年後 アフリカ大陸の4~5倍。

おまけ2
人類が消えたあとの地球 ジャン・ザラシーウイッツ著 
見つからなかった。翻訳していないのかもしれない。

おまけ3 番組では数千年後には氷河期でロンドンはもう無いと言っていた。
数千年だと、割ともうすぐだよなあ。

おまけ4 大陸移動以外の危機
太陽系が銀河を一周する周期 2億2千万年~2億5千万年毎。
星の衝突
などなど。

おまけ5 ミランコビッチサイクル
3つの要因で日射量が変動する周期。
1、公転軌道の離心率
 10万年周期。
2、自転軸の傾き 23.4度で、4.1万年周期で22.1~24.5度で変化。
3、自転軸の方向 公転しながら変化(歳差)。周期は1.8~2.3万年。

おまけ6 地球の歳差運動の周期は約25800年
歳差運動により、天文学上、春分点・秋分点が黄道に沿って西向きに移動する周期。
↑これはおまけ5の歳差とは違うようだ。ややこしい。

感想1
プレートテクトニクス・グランドキャニオンなどいろいろ省略。
話が飛ぶので順番を入れ替えました。言葉を畳み掛けてくるから纏めにくかった。

感想2 同じ周期で繰り返すとしても木ではなく竹の森になったり、
その時の状況によって同じ歴史ではないんだな。

感想3 一代は短いから実感はないのだろうけれど、大陸は激しく動いているなあ。
大陸の形が結構変わる中で生命が進化してきたのが不思議な気分だな。



関連記事
スポンサーサイト



web拍手 by FC2

 #3 2億5千万年後の地球 

大量絶滅 
ペルム紀の大量絶滅は、地球規模の大災害の連鎖が原因だと考えられている。

「超大陸パンゲアがあったペルム紀には陸上の生物の70%が消えました
 しかしもっと重大なのは、
 海洋生物の90%以上、種のレベルでは最大96%が死に絶えたことです」


超大陸の分裂 大災害連鎖のきっかけ。
火山の噴火で始まった。
数百万年にもわたって地表は割れ続けた。溶岩が何度も積み重なった。


シベリア・トラップ 
2億5千万年前、地球史上最大の噴火が、後にシベリアとなった一帯で起こった。
世界最大の溶岩の層。厚さ3千m、面積50万平方km。
地球全体を10mの厚さの溶岩で覆い隠せるほどの量だった。

熱と有害なガスによって、生物が一切存在しない場所になった。
しかし、これはまだ大異変の始まりに過ぎなかった。


シベリア・トラップは不運なことに、
分裂していくパンゲアの、石炭紀の化石化した森の上にあったので
この石炭層が溶岩によって1万年以上にわたって燃え続けた

有機炭素が豊富な堆積物は多くの毒を含んでいた。
燃えると同時に、大量の二酸化炭素と石炭の中に閉じ込められていた毒が放出され、
地球上の生命にとてつもない悪影響を及ぼした。


ほとんどの生物が生き延びようと悪戦苦闘する中、
海にいるストロマトライトは繁栄したかもしれない。
このストロマトライトがきっかけとなって、地球は大変動した。


上部3mmには2種類のバクテリアが層を作っている。
上は緑色のシアノバクテリアで光合成で酸素を発生させるが、
下は硫酸還元菌。酸素を全く必要とせず、海の硫酸イオンを取り込んで呼吸をする。
生み出す硫化水素はオゾン層を破壊し、動物が吸い込むと死ぬ猛毒
だが植物はもっと深刻な被害を受けた。すると植物を食べる動物も生きられない。
海の魚が絶滅し、空中に漂い出した硫化水素は陸上の動物も絶滅させる可能性もある。

酸素が無く硫化水素が豊富にある場所にしか育たない紅色硫黄細菌が海を紫色に変えた。
しかし、まだペルム紀のような大量絶滅は起こらない。

メタンハイドレート
地下には、現在のアラスカの氷の下にもあるような、
メタンがメタンハイドレートの形で閉じ込められていて、
深海には地上の化石燃料の2倍以上の、何兆トンものメタンが蓄えられている。
二酸化炭素の25倍もの温室効果を持っている。
濃度の高いメタンは火を近づけただけで引火する。


パンゲアの分裂で吹き出した溶岩はすべて海岸へ向かった。
すぐ沖にはメタンがたまった場所があり、超大陸の海岸一帯でメタンが大爆発した。


2億5千万年後の超大陸でも、同じことが起こるかもしれない。

生命の歴史は同じ周期の連続で、
大量絶滅でどうにか生き残った種が新しい生物へと進化する。
未来でも繰り返されるでしょう。




関連記事
web拍手 by FC2

 #2 2億5千万年後の地球 

海から蒸発した水は雲になり、雨として地上に降り、川になってまた海へ注ぐ

超大陸では陸上の気温も湿度も現在よりずっと高くなり、より多くの水分が雲になり、
メガ・モンスーンが猛威を振るっている

超大陸の海岸を襲うメガ・モンスーンは、
山脈を風化させ、大気中の二酸化炭素を減らし、気候を変える。

雨は山腹の岩石を細かく砕き海へと押し流す滝や植物の根も岩石を砕く。
砕かれた岩石は、大気中の二酸化炭素を吸収しやすくなる。

岩石が吸収した二酸化炭素は、長い時間をかけて下流に運ばれ、
深海の堆積物の中に埋もれる

大気中から二酸化炭素が減り、地球は冷える。

例え人類が短期間に地球の環境に影響を与えたとしても、
数百万年で自然の循環が大気中から二酸化炭素を取り除く

しかし、植物にとっては生きにくい世界

超大陸へ上陸
海岸沿いは熱帯。
樹木に代わって笹や竹の樹海になっていると推測。

草は二酸化炭素が減った状況の中で、
木よりも少ないエネルギーで二酸化炭素を吸収して光合成できる。

現在でも草は世界の植物の3%以下だが、陸上の25%の光合成を行い、繁栄している。


超大陸の内陸部 巨大な砂漠。ほとんど雨が降らず、動植物も微生物程度しかいない。
内陸部の70%以上が、ほとんどの動物にとって生存に耐え難い場所。

もし大陸の衝突でできた高い山脈が大陸の端を囲んでいたら、
海からの湿気は遮断
されてしまい、もし山脈がなくても、
大陸の端から流れ込んだ湿気が内陸へ辿り着くには距離がありすぎる
からだ。



関連記事
web拍手 by FC2

 #1 2億5千万年後の地球 

スーパーコンチネント ~2億5千万年後の地球~ 2010年08月14日 NHKハイビジョン

グリーンランドの氷床コア 過去の気候変動を知ることができる。

地球の公転軌道は10万年周期で楕円から円に変化する。
同じ位の周期で、氷床が拡大したり縮小したりしている。

現代は温暖な間氷期が1万1000年以上続いている。
人類は温暖な気候のおかげで農業を始め、文明を築くことができた。
しかし、今後10年から10万年の間に氷河期が戻ってくると考えられている。


1億年後の地球
地中海沿岸は存在しない。

アフリカ大陸を乗せたプレートが、
ヨーロッパとアジアを乗せたユーラシアのプレートの下に沈みこみ
巨大な圧力がユーラシア大陸を上へと押し上げ、険しい山脈を生みだす
アフリカ大陸が北上し新しい大地を作り出す一方で、別の場所では陸が分裂している。

2億5千万年後 
太陽は少し膨張し、月は少し遠ざかり、星座の形は変わっている。
大陸は移動し、超大陸(スーパーコンチネント)になっている。



現在の地球は海洋の熱循環のおかげで、
熱帯地方で温められた海水は極地へと流れ、冷やされて深海へと沈み、
再び熱帯地方の海面へと戻る。この循環によって、酸素は深海へと運ばれている。


しかし超大陸では極地の氷は消失し、海洋の温度は高い
酸素は深海へ行き渡らなくなる。

酸素がない状態では複雑な生物は生きられない。海の中はとても静か。
地球は原始の時代へ後戻りする。

浜辺はシアノバクテリアに覆われて黒ずみ、海には紅色硫黄細菌が繁殖し、
海の色は今とは全く違うかもしれない。

ストロマトライト 地球上の太古の生命の名残。
シアノバクテリアなどの微生物が長い年月をかけて細かい物質を堆積させてできたもの。
触るとスポンジのようで、生きているのは上の方の表面だけ
ここに棲みついているシアノバクテリアは、
太陽エネルギーを利用して光合成し、酸素を作り出す


シアノバクテリアが地球上に繁栄すると、大気中に酸素が満ち溢れるようになる。
動物達が繁栄すると減少するが、絶滅することは無く、
現在の地球では機会を窺っている。



関連記事
web拍手 by FC2

 #4終 正法眼蔵 

第四回 すべての行為が修行である

修行をする理由
風はいつもそこにあるけれど、扇ぐという行為で風があることを実感できる。


修証一等
悟りを得るための手段として修行をするのではなく、
修行そのもの中に悟りがあり、悟りの中に修行がある

行住坐臥
歩き・住(止まる)・坐・臥といった、生活の一挙手一投足が修行となり、
その只中にこそ悟りがある


洗浄の巻 衛生の大切さや礼儀などを説く。
爪や髪を切りなさい、などと書いている。

只菅打坐 常に仏として生き、生活全体が禅だと思ってほしい。
只菅 宋時代の口語で「ひたすらに」という意味。


諸悪莫作(まくさ)の巻 

「諸(もろもろ)の悪を作(な)すこと莫(なか)れ」
「知るべきである、『諸悪莫作』と聞こえるのが仏の正法だ」


仏は命令はしないが、人間は仏の子どもだと思えば自然に悪事をしなくなる

菩提薩埵四摂法 菩提が実践すべき4つの徳目である四摂法を解説。
布施 不貪(ふとん)。欲望のままにむさぼらない・へつらわない。
愛語 相手を肯定しいたわる。暴言や悪言をせず、自重自愛を祈る。
利行 自他の差別を超越して利益を与える。「自分をも他人をも利するのである」
同事 相手の立場で考えること。


4つの徳目を16に
例えばこの中の一つを行う時も、他の徳目を思い浮かべながら行うと16になる
すると見せかけの行為ではなくなる。

八大人覚の巻 菩薩が実践すべき教え。釈迦が亡くなる時に説いた最後の説法を解説。
1、少欲  5つの欲望の、満足していないものを欲を少なくして満足すること
2、知足  与えられたものを全部受け取らずに、一部を他人に譲ること
3、楽寂静 喧噪を離れて一人静かな場所に住み、寂静を楽しむ
4、勤精進 善い事を中断無く勤める。
5、不忘念 忘れずに常に仏の教えを守ること。
6、修禅定 仏の教えを心に留めて乱れない。
7、修智慧 仏法を聞き、法の道理を思い、仏道を修し、仏の悟りを得る。
8、不戯論 物事を複雑にせず、あるがままを受け取ること。

私達は迷っている中で、少し自分の仏性を活性化させながら生きればいい。


おまけ こぼれ話の纏め
過去の膨大なデータや、予め作りこんだ綿密な計画性などに縛られて、
身動きができなくなりがちな現代の私たちに、大きな問いかけ
をしている。

今回、番組でご紹介できた道元「正法眼蔵」も、全体のほんの一部
それぞれの立場から、今の自分に響く道元の言葉を見つけていただけたらうれしい。


感想 
この本を手に取る機会もなかったと思うので、
番組にして頂いてありがとうございました!
講師の方は、いろいろなお坊さんの本を書いていてすごい。聞きやすかったです。

今回の最初の風の例えは分かりやすかったです。
これを第一回に言えば良かったのではないかと少し思いました。



関連記事
web拍手 by FC2

 #3 正法眼蔵 

第三回 全宇宙が仏性である

道元は、末法思想も、権力や大衆と結びつく仏教も良くないと思い、北越に移った。

永平寺建立 
末法思想や世俗の事に惑わない、正しい仏教を伝える後継者を育てるため。


一箇半箇の接得 少数でもいいから得難い人材を育てる。

本物の仏教者 修行・仏道に専念する者。出家至上主義ではなく修行中心主義。


仏性 仏の世界。サンスクリット語でブッダ・ダーツ

一切衆生、悉有仏性(大乗仏教の『涅槃経』より)
一般的な訳 一切の衆生がことごとく仏性を有している。
 道元の訳 一切は衆生なり、悉有(全宇宙)が仏性なり。

両者の違い
一般的な訳では衆生の中に仏性がある(仏性が無い場所もある)。
道元は仏性の中に衆生があると言っている。山や物質も衆生。
山川草木全てがそのまま仏の命のあらわれであるという壮大な世界観。

講師の言葉
道元は漢文の翻訳を間違えていると言う学者もいるが、
自分の哲学のためにあえて漢文の規則を無視したはず。
ブッダ・ダーツというサンスクリット語の訳としては案外合っているのではないか。


種も芽も花も仏性
伝統的な解釈では仏性は育てるものだったが、道元は種の段階にも仏性はある
と説いた。


無仏性がある

過去の中国禅宗の師弟の禅問答より
師が弟子の出身地が未開の地だったので「嶺南人は無仏性だから仏になれない」
と言ったのに対し、弟子が「人間の出身地には南北があるが仏性にはない」と返した。


しかし道元は「嶺南人は無仏性という仏性を持っている」と解釈した。
師弟が無仏性を否定的に捉えていることを否定。
無仏性の中で悩めば、いずれ仏に到達できる。
無仏性という仏性の中で生き、無仏性はだめだと考えるな。



時節若至
それまでは「仏性が現れる時を待つこと」と捉えられてきたが、道元は違う解釈をした。
「もう時節が至っているのだ、そのことをどうして疑う必要があるのか」

不至仏性
何かに至って仏性が現れるのではなく、至っていない状態も仏性

有時(うじ)の巻 時間について考察した巻。
時間とは現在が繋がったもの。時間は現在しかない。
7歳の現在・社会人の現在…いつでも仏性はある。現在をしっかり生きなさい。


仏性の巻より
仏性は生死を問わない 
仏性は死ねば無くなるのではない。
私達が認識できようができまいが、仏性という大きな世界の中で生きて死んでいる。
しっかり生きてしっかり死ぬ。
死んだ後の事は死んでから考えればよい。

「過去は振り返らず、まだ来ない未来の事を心配せず、今できることをしなさい」
という、釈迦の教えを踏襲している。


感想 
仏性の巻では、人間は大体自分の一生を中心に考えて生きているけれど、
世界全体の自然の事に気付くと、自分とは小さいな、自分も世界の一部だなと感じて、
あまり自分勝手なことをしなくなるかもしれないと思いました。



関連記事
web拍手 by FC2

 #2 正法眼蔵 

第二回 迷いと悟りは一体である

生死(しょうじ)の巻 江戸時代に永平寺の蔵から発見された短い巻。

生死 人間の迷いの世界。涅槃(煩悩を克服した世界)に対する仏教用語。

生死に居る事を忌避してはいけない
迷いを避けず、悟りを願わずにいると、迷いを離れる「手立て」ができる。
迷いの中に悟りがある。



今生死の巻 
身心脱落して仏の世界に自分を投げ入れて仏の子になりきれば悟りの世界へ導かれる。
そうすれば仏様が助けてくれる。



「なりきる」という考え方
祖師西来意の巻
 95巻本では67巻、75巻本では62巻。
禅の試験問題である公案を解釈・評価した巻。

「ある男が木の枝を咥えてぶら下がっていた。
 一人の男が木の下に来て、
 達磨大師がインドから中国に渡った意味(仏教の心理・根本)を質問した。

 答えれば木から落ちて死んでしまい、答えなければ仏教の修行者ではなくなる。
 あなたならどうするか。」



どんな答えでもいい
公案は「あなたならどうするか」という問いかけ自体に意味がある。

道元の解釈 

この「樹の下に突如として人がやって来る」というのは、
樹の内部に人がいるといっているようなものであり、人樹なのだ。
それはまさに「人の下に突如として人がやって来て問うた」ことになる。
そうであれば、樹が樹に問い、人が人に問うているのであり、
樹の全体が問うことの全体であり、西来意の全体が西来位を問うているのだ。
西来意を問う時は、西来意をくわえて問うのである。



解決しようとするから迷う。悩むことはない。答えになりきる、問いになりきる。

木になりきる
木にぶら下がっている自分は木と一体化している。木は答えられない。

質問者になりきる
質問者は自分自身だから理解しているはずで答える必要はない。


「なりきる」という考え方は他力だけではない
自力も他力も大きな仏の力で救われるのは同じだが、
子猿は自力で母猿にしがみついており、子猫は他力で母猫に運ばれる

道元の教えは子猿に近い 
救うのは仏だが、自力でしがみつかなければならない(信じる)。



唯仏与仏の章

仏法は、人の知るべきにはあらず 仏教の真理は人間には分からない。


それなら仏になりきればいい。
「分からなけりゃ分からないでいいんです。
 分からないことが分からないと分かることが悟り。
 今の段階において必要なだけ分かりゃいいんですよ。」

目の前にある現実をそのまま見る
自分の願望を加えると不満が生まれる。
良いものは良い、嫌なものは嫌なものだと思って、
世の中の価値観に縛られずにしっかり拝めばよい。


例えば、夏の暑さになりきる 暑さを楽しむ。海水浴は暑いほど楽しい。


まず歩み始めればいい
魚も鳥も世界の限界が分からないまま泳ぎ飛んでいる。


悟りの世界を完全に理解してから歩もうとするのではなく、
歩み出せば、自然に次の道が見つかってくる。



迷いから悟りが生まれるのではない
悟りも迷いも表裏一体。
人間も最初から悟りの世界の中にいる
のだが、迷いの中にいると思っている。
悟りを求めてあくせくせず、迷ったらしっかり迷えばよい。

「一生懸命迷う。それが悟りです。」
そうすれば、悟りは自分の所に押しかけて来る。



感想 始めに「よし、がんばるぞ」と気合を入れてから本を開くのが面白かったです。

おわび 祖師西来意の巻は難しいです。
ご自分でも確認して、もしこの記事が間違っていたらやさしく教えて下さい(伏)。
きたろうさんと伊集院さんの「分かりたい!」に笑いつつ同意しました。

おまけ 無門関 
中国宋代に無門慧開によって編集された公案集。
48の公案が様々な語録から選ばれ、それぞれに頌と評唱が付けられ、
看話禅では必ず使用されるテキストであり、
特に最初の「趙州狗子(狗子仏性、趙州無字)」の公案は、
「犬にも仏性はあるか」に対し、「無」と答えた、というだけの内容であるが、
禅者が最初に与えられる課題であり、
これを解くのに3年はかかるといわれているほどの難問である。
中世においてはそれほど注目されなかったものの、
江戸期に脚光を浴びるようになり、現在においても盛んに提唱されている。

「羊頭を懸けて狗肉を売る(羊頭狗肉)」の句は本書による。

第五則 香厳上樹

第三十七則 庭前柏樹



関連記事
web拍手 by FC2

 #1 正法眼蔵 

第一回 身心脱落とは何か 講師:ひろさちや氏

正法眼蔵 1231~1253年
100巻を目指していたが、途中で著者が死去。
弟子の懐奘(えじょう)が75巻本に纏め、江戸時代に95巻本になった。

題名の意味
正法(釈迦が解いた正しい教え)
蔵 (蔵に納められた経典)
眼 (私達は智慧で本を読んでいるから、正法を読み解く眼が必要)

貧しかったら
智恵 お金を稼ぐ。
智慧 貧しくても楽しく生きる。


哲学 言語で分かりやすく世界を解説すること。

日本仏教の三人の哲学者 空海・親鸞・道元

正法眼蔵も、人間や世界の本質を問い続ける哲学書。


著者
道元
(1200~1253年) 鎌倉時代初期の禅僧で曹洞宗の開祖。
永平寺を開いた。日本に禅の思想を確立した一人。

14歳で比叡山に出家した道元は疑問を持った。

仏教では「人間はもともと仏性を持ち、そのままで仏である」と説かれているのに、
なぜわざわざ修行して悟りを求めなければならないのか?
 

比叡山でも、24歳で禅の本場である宋に留学しても分からず、諦めかけていた時に、
師である如浄の「参禅はすべからく身心脱落なるべし」という言葉を聞いた。

身心脱落 身も心も捨て去ること。
あらゆる自我意識を捨て、病や老い、死などの現象をそのままに受け容れる境地。

自我意識を持っているから互いにいがみ合う。
何者にも惑わされず悠々と生きる。この境地を道元は目指した。


われわれは仏だからこそ修行ができる
悟るための修行は迷い
であり、悟り(仏)の世界に合一すべき。
悟りたいという気持ちは自我意識。身心脱落して仏になったつもりで修行をする。

自我意識は角砂糖 ぶつかり合うと崩れる。
角砂糖を湯に溶かすように、悟りの世界に「私」を放り込むと身心脱落の境地に至る。


現成公案(1233年) 正法眼蔵の第1巻。道元の基本的な考え方が現れている。
現状(目の前にある世界)
公案(禅における試験問題) どう理解するのか。

諸法の仏法なる時節、
すなはち迷悟あり、修行あり、生あり、死あり、諸仏あり、衆生あり。
万法ともにわれにあらざる時節、
まどひなくさとりなく、諸仏なく衆生なく、生なく滅なし。


(訳)
悟りを開こうと仏教の視点を持つと、現実世界に迷いや悟りが見える。
身心脱落後は迷いも悟りもない。悟りの世界には衆生と仏の違いもない。


身心脱落した前後で見え方が変わる。


自分の方から宇宙の心理を悟ろうとするのは迷いであり、
宇宙の真理の方からの働きかけでもって自分を悟らせてもらえるのが悟りである。


↑お湯の中に角砂糖を入れるのではなく、お湯の方から角砂糖にかかってくる感じ。

迷い 迷ってはいけないと思って悩む。
悟り 迷ってもいいのだと分かる。



自分の中の他人 身心脱落は自己も他己も含まれる。他人の目を気にする自分。

蜘蛛の糸から読み解く
蜘蛛の糸が切れるという恐怖心は、他人を意識したから生まれた。
今やる事より先の心配をしてしまった。自分だけ助かりたいという煩悩
が生まれた。
お釈迦様を信じて、自分が一生懸命登ればよかった。

ピアニストは聴衆を意識しない。


薪は薪、灰は灰
灰が再び薪に戻ることが無いように、人は死んだ後、再び生にならない。
灰は灰として見つめ、現状で最善を尽くすことが悟り。



身心脱落は、ほんの少しだけ心がけて、気持ちが楽になればそれでいい。


感想 丸っこい僧侶達の絵がかわいい。原文を自分だけで読むのは難しそうだなあ。
「しんしん」を変換すると「心身」になる。逆。

身心脱落とは、今やっている作業から気を散らしてはいけないということかな。
「あとどれくらいかな」とか、「どのくらいまでやったかな」とか、他人の目とか。
集中しろ!ということですね。



関連記事
web拍手 by FC2
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
月の開運法ブログパーツはJavaScriptを有効にする必要があります。


presented by
生きがいアフィリエイトのすすめ


問い合わせ先
日本国憲法

世界人権宣言


「ここの人、前になぜかニーチェについて書いてたよな、気になる」てなときに、『ニーチェ』と検索するとその記事が見つかるのです。すごいね!
ちなみに、書いていなそうな語句を検索すると、記事は見つからないけど、関連商品などが表示されます(笑)。
「5月の初め頃の記事…」と時期で探す時に便利です。

全ての記事を表示する

始めの10件位、この機能に気付かず「もくじ」の記事を作って、記事を書くたびにハイパーリンクしていました…。

日本語→英語 自動翻訳
English
♥. ♠. ♣Alice
Web page translation
最新トラックバック
まどろみ島の管理人

遊子

Author:遊子
このブログについて
トップページへ

RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

StyleKeeper