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 2014年03月の記事一覧 

 #3 パンの文化史 

パンを焼く技術の進化
新石器時代 トゥワン遺跡
(スイス) 紀元前3830~3500年頃。
下層の大半は壺の穀物スープ
 同定不能の穀物・野菜・野苺。

壺に入った穀物の粗挽きかゆ 
発酵していた。大変きめ細かく、何か未知の発酵材が使われたようだ。
付近の紀元前4400年頃の層にもあった。壺焼きパンの前段階?

保存用のおかゆ
水に入れて煮るとすぐ食べられる。パンが作られるようになった後も併存
した。
パンにするには粉を15回挽く必要があるので、粉挽きの労力を減らす為と、
天候対策で数種類の麦を栽培し、使い分けていた
と思われる。
これらは、古代に置き忘れてきた知恵。
下層 穀物の粒を粉と水で練り固め、熱した石に押しつけて軽く焼いた。
中層 上にも熱い灰をかけて焼いている。
下層 熱した丸い石の周りに、すっぽりとおかゆをかぶせて焼いている。

パン
中層 灰の下で焼いた、少し発酵した平焼きパンと、パン釜状の設備で焼いたパン。
上層 発酵させ、パン窯状の設備で焼いたパン。
ここのパンと、別の遺跡の紀元前1000年前のパンの技術はあまり変わらない


パン窯 円筒型と丸天井型 円筒型は燃料が少しで出来るが、薄いパンになる。

メソポタミア(イラク) ジャルモ遺跡 紀元前7000~5000年。
パン窯状の遺構。
15世紀に登場した欧州の物と同じような壁中の煙道。
しかしパン窯ではなく、麦の加熱乾燥の窯だったかもしれない。

古代エジプト パンとビール! 
壺焼きパン!
 お供え物。
エジプトに影響を与えたシュメール人の、壺とパン焼きの関係の解明が待たれる。

古代ギリシャ 灰焼きから始まり、いろいろ試した。

「灰焼きのパンは良く焼けないので重く、消化も良くない」
アテナイオス『食卓の賢人たち』より


クリバノスという焼き設備や、火桶やかまどなどの、
小さく簡便な設備で小さいパンを焼いていた。
紀元前のパンの技術は、ギリシャよりアジアが上
だった。
(フェニキア・リュディア・カッパドギア・肥沃な三日月地帯)

灰焼きは一万年続いた焼き方! 日本でも戦前まで囲炉裏で軽食を作っていた。

ローマ テストゥ
 ほとんどパン専用のかぶせもの。

ヨーロッパ鉄器時代 紀元前800~400年頃
連結パン釜 年二回の補修が必要だが、
少量の薪と一度の火起こしで一基に付き20個の薄いパンが焼けた。


ローマ時代 ポンペイ遺跡 保温力のある堅固な石釜が完成。

大航海時代 ビスコッチョ ラテン語で「二度焼く」という意味がある。
一年保存可能。燃料を多く使うので、普段食べるには贅沢なものだった。


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