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 2012年05月の記事一覧 

 #1 源氏物語 

100分de名著
三田村雅子教授
現存する、女性が書いた初めての物語。
権力闘争の影で秘められた恋が絡み合い進行していく
緊張感あふれる物語。

紫式部 平安時代、下級貴族に生まれる。
母を早くに亡くし、父の影響を大きく受けて育った。
父は帝の家庭教師を務めたほどの高名な学者
漢文を読みこなす学問好きな少女は、中国や日本の歴史に詳しい教養豊かな女性に成長。
20代後半で結婚するが、3年後に夫と死別した。
現実を忘れるために物語を書き、友達同士で楽しんでいたが
時の権力者の藤原道長の目に留まり、娘の彰子の家庭教師にした。
宮中に上がり、宮仕えをしながら54帖という長い物語を書きあげた。
巻物ではなく、冊子の形態。
紙が貴重だったので、紙が手に入ったら続きを書いていた
道長の支援により長い物語が書けた。

道長が紫式部を娘の家庭教師にした理由

一条天皇と、政敵の伊周の妹である定子の間には男の子がいた。
道長は娘の彰子を入内させたが、一条天皇は愛する定子を失い、
彰子を定子のようには愛せない状態だった(定子が亡くなる前年に入内)。
定子には清少納言という気の利く女官が付いていたので、それを模倣したのではないか。
↑彰子の元には和泉式部・赤染衛門・伊勢大輔などの百人一首に出てくる人達もいた。

当時、すでに道長は大きな権力を持っていたので、
天皇は例え義理でも彰子のもとに通わなければならなかった。
そこで紫式部の書く物語の朗読を聞くようになり、
彰子も大人の恋を知るようになり、女として成熟していったらしい。
道長の思惑通り、彰子は2人の子を授かり、道長の地位は盤石になったという。

紫式部の性格
引っ込み思案
で、人付き合いが苦手だったらしい。
それが物語を書き続ける原動力になったのではないか。
自分の中にある物語を大切にし、現実味のある世界を作っていったのではないか。

光源氏は本名ではない 
光る君
 光り輝いている人。かぐや姫のように超越した人
天皇になれなかった人という意味もある。大友皇子もそのように言われている。
天皇になれなかったけど本当は素晴らしい才能を持っていると擁護しているようだ。
大友皇子は、明治になった時に弘文天皇の名を贈られた。

「なほにほはしさはたとへむ方なく、うつくしげなるを、世の人光る君と聞こゆ」

そのような素晴らしい人が劣等感を持ったり禁断の恋をしたりすれば人気は出るだろう。
一つの恋が世界を変えるという所からこの物語は生まれた。


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