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 「薔薇の名前」ウンベルト・エーコ 100de名著 一部分だけ 

#1 修道士は名探偵?
1980年に発表、世界で5500万部以上売れたが、読破できた人は少ない。
7日間の物語だが、一日目で挫折する人も居る。

著者は記号論の学者。
推理小説のような、学問のような、文学のようで文学を解体しているような

先端的な書物。

「人間にとって知とは・言語とは・政治とは?」
数多くの根源的な問いを投げかけた物語。


#2 知の迷宮への旅
中世の修道院の図書館 閉架式。禁書が世に出回らないように守る役目もあった。

好奇心を持った者から殺されていく 知の代償。

「知」は力を持った側によって選別することができる
権力側から異端の烙印を押されると、その「知」は排除されるべき対象となる。



#3 “異端”はつくられる

「一巻の書物を前にして、それが何を言っているのかと自分に問うてはならない。
 何が言いたいのかを問うべきなのだ」


個別の真実の中に事物を捉えなおす
本は信じるためのものではない。
例え事実を述べている本だとしても、どうしても著者の主観などが入ってしまうので、
丸ごと信じると偏った考え方になってしまう。

同じことについて書いた他の本とも照らし合わせて読んだ方が良い。

#4終 謎は解かれるのか
アリストテレスの「詩学」第二部
 
実在するかは謎。笑いについて述べているらしい。
「真理は絶対的なものではない、疑え」ということを説いたのではないか。

「詩学」という本は元は「ポイエーシス(創造)の技術」という文芸創作論。

喜劇とは
世俗で重要だと思われてる価値とか権威づけとかを全部ひっくり返していく

キリスト教世界にとっては大変なスキャンダルになるだろう

ホルヘは「笑いは秩序を吹き飛ばし、真理を暴く力を持っている」と恐れていた。


終幕
結局 「ヨハネの黙示録」は事件とは無関係だった

「私は記号の真実性を疑ったことはないよ、アドソ。
 人間がこの世界で自分の位置を定めるための手掛かりは、
 これしかないのだから。
 私に分からなかったのは記号と記号の関係性だった。…」


実は謎なんてありませんでした
エーコはこの後も何冊かミステリーを書くが、この終わり方が多い。

ミステリー自体が一種の決まり事でできている世界だから、
これをもひっくり返したかったのではないか。


ミステリーのパロディーと言う事もできる。
ただし完璧にミステリーを模倣しないとそのはしごは外せない。


伊集院さんの意見
「このオチに至るまでの力がよっぽど強くないと許されない終わり方ですよね。」

記号論の世界観
人間は記号によるしか世界を解釈する方法を持っていない。
記号から推理する喜び、その限界
も一冊の中で教えてくれる。


おまけ 名著80 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前」 適当な纏めです。

「人間が言語や記号といったものを離れては生きられない」
という根源的な真実を描いている。

言語に支配し操られる人間の宿命、
逆に言語を武器として自由を求めようとする人間の可能性。


推理小説なのに完全に謎が解き明かされることはない。
主人公の知性は、事件解決のための鋭い切れ味を各所で示しながらも、
最後には事件の大半が偶然の産物であることがわかり、彼の推理は大きく裏切られる。
近代的理性の限界を暴く物語
でもある。


カーニバルと民衆世界 「笑い」を古来から支えてきた。
キリスト教世界がもっとも危機感を覚えたのが「民衆世界」。
民衆文化であるカーニバルは、世俗権力を全部ひっくり返したり、
男が女になったり女が男になったり、ありとあらゆる価値をひっくり返すもの。
そういう文化がイタリアには深く根付いている。
カーニバルや民衆世界というのは、ある意味罰当たりなものであり、
権威的な物言いや、「これこそが真理だ」といった態度を、
根本から笑いのめしてやろうという強力な力が働いているものだから、
体制側は必死でそこから教会を守ろうとしていた。

そうした構図が「薔薇の名前」では見事に描かれている。

カーニバル的な世界は、異端の世界にも通じている。
カタリ派などの異端は、民衆の中から湧き上がってくるような宗教改革運動。
その淵源は、厳格な一神教のキリスト教的な世界観ではなく、
笑いに満ち溢れた多神教的なギリシャ世界に発している。

「喜劇」の本質を追究したとされるアリストテレス「詩学」第二部は、
「笑い」を分析した書なのだから、この本を畏れたのではないかというわけです。


反知性主義に抗するために
1970年代 西欧の知的なテンションがピークに達している時代。
現代は、反知性的なものが蔓延していて、こういう著作が読まれなくなっている。
こういう流れは大体50年周期で循環しており、
2020年~30年に、再び知的テンションは上昇してくるのではないか。

本来ならば「知」と「笑い」は、
人間が自らを呪縛するものに立ち向かうための強力な武器
だったが、
現代は権力に奉仕し、支えるものとして使われてしまうことが多々あるようです。

私達は、「知」と「笑い」という人類に与えられた武器を鍛え直さなければならない。
文学を深く読むという体験は、そうした貴重なことを教えてくれる。



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 どこから来た? 縄文人の真実 

にっぽん! 歴史鑑定

北海道礼文島 約3800年前の縄文人骨
顔は四角く、眉間は少し出っ張り、鼻は高め、上下の歯のかみ合わせが合っている。
耳垢は湿っている。身長は男性が約158cm、女性は約153cm。

氷河期が終わり、定住生活。
植物から糸を作り、衣類を作った。刺繍も行っていた。

三内丸山遺跡
茅葺の竪穴式住居 直径4m未満。6畳位。4~5人が住んでいた。
屋根が傾斜しており、雨は外に流れていく。
夏は涼しく、冬は火を焚いて暖かい。
真ん中に炉の跡。
板や植物を編んだ敷物を使っていたのではないか。
燻製を作っていた。土器や石皿も場所を決めて置いていた。
煙が木材を燻し、家の耐久性が増す。竪穴式住居の寿命は10~30年。

大型竪穴住居 長さ約32m、幅約10m。
300人位入れる。集落の中央辺りにある
ので、集会所や共同住居だったのではないか。

5~10家族(30~100人)ほどの集落だったのではないか。
けがや病気の人を助けながら、協力して生活していた。


縄文人の起源
長い間、縄文人の特徴は東南アジア系の種族に近い、つまり南方説が有力だと思われてきたが、
2017年、福島県の三貫地貝塚から出土した約3000年前の縄文人骨の奥歯のDNAは、
東南アジア系の種族とはかけ離れていた。

縄文人は東南アジア系の種族が進化したのではなく、
北方・東方・南方、複数の経路から来た種族が日本列島で交わり、独自に進化した、
アジアでも特異な人々だった。

縄文土器の変遷
無紋土器(青森県) 16000年前、日本最古。

定住を始めた縄文前期に、三内丸山遺跡などでバケツのような土器が多く作られ、
縄目の模様は100種類以上
あったが、模様の意味はまだ分からない。
縄目の模様を中心とした土器から粘土を張り付けた模様に変わった。
土器作りは主に女性。

生活が安定した中期に、新潟周辺の火焔型土器など、装飾過多な土器が出現。
模様は単なる装飾ではなく、縄文人の世界観・哲学・思想などを表現している。

それぞれの地域に、時代によって独特の様式の土器が発達した。

後期以降には日常用の簡素な土器・儀礼用の繊細な土器などを作り分けている。

製塩土器

縄文ハンバーグ


三内丸山遺跡の6本柱
登ると八甲田山や陸奥湾が見える。
当時はここから海岸線が一望でき、海からやってくる際には目印になったのではないか。

二支二分 一年という時間感覚があった。


1992年に三内丸山遺跡で見つかったヒスイの大珠は新潟県糸魚川産。
海や川は丸木舟。
北海道白滝産の黒曜石が青森県で見つかっている。
オノマトペを利用して、他の地域と情報も交換していた。


土偶
遮光器土偶も左足が欠けている。


一歳未満の子供の、手形・足形の陶板
穴があり、ひもを通してぶら下げていたのかもしれない。
生まれたお祝いか、それとも形見か。
どちらにしても子供を思う気持ちが強く感じられる。



感想 岡田康博さん・小林達雄さんが出演していました。気になったところだけメモしました。



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 『縄文の思想』を読んだメモ 

『縄文の思想』 瀬川拓郎さん 第四章のみ

自然との共存とは、低開発ではなく、
自然と結び付いていた世界観、他界観が現実の世界そのものであり、
自然自体が人々の生と死を結び付けるものであった。

狩猟する海民

卜部、亀卜、卜骨

平安京にも組み込まれた芸能などを担当した人々は縄文の伝統を持つ。

海民とアイヌは自らの社会を成立させるために不可欠な自由と自治のために、
縄文の思想を選んだ。


アイヌのいろんな場面で使う呪文の話 ←ラピュタを思い出しました。

贈与 アイヌ社会で最も社会的価値があった。
神と人も贈与で結ばれる。人間は生を与えてくれた者への負い目を抱く。
贈与こそが人間を肯定する唯一の手段であり、不断の贈与や生の肯定を生み出す。

平等と分配 
神からの贈与は魂
でもあり、商品化して売り払ったり独り占めすることはしない
商品経済は人間性を否定している?


喧噪の思想 話し合いは全員で同時に発言。
何日もかけて皆の知識と意見が出尽くせば自然に結論が出る。
強制や圧力とは無縁。



海賊的なアイヌ 弥生時代以降。
縄文時代は一つの大きな閉じた系だったので暴力とは無縁
だった。

中世アイヌは傭兵としても活動。

離群の衝動 体制からの離脱。国境など関係ない行動範囲。


感想 ひらがなが多いと読みにくい。今回は特に覚え書きで分かりにくくてすみません。
現代の考え方と違うことがいろいろあった。
話し合いの方法はストレスが少なそうだと思った。
自分の言いたいことを言いまくっていたら段々周りの声も耳に入って来て、
考えが変わっていくんだろうな。全員同じ場所で言うから陰口もないんだろうな。
現代社会は同調圧力が高くて、それが日本の特徴かと思っていたけれど違うのかもしれない。



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 #4終 縄文文化が日本人の未来を拓く まとめ 

縄文大和言葉
定住によってヒトになる

自然から抜け出て自分と自然を対象化する。
ものや自分に名前を付ける。共有の知識となる。

「人間は基本的文法をちゃんと先天的に持っていた」ノーム・チョムスキー


言葉は人間の共通した能力であり、どこの地域の人も持っている。
だから世界には5000以上の言語がある。


日本語も人間がヒトとしての意識を持った頃からあった。
弥生時代に海外からやって来たわけではない。


日本語は自然と共感共鳴した言葉 
自然の声を聞き、自然と話している。



多種多様な食料の利用 生育場所・旬・調理加工法・保存法。
しかし、自然を一方的に利用したのではなく、
名付けたあらゆる自然のものに人格を認め、耳を傾けることができた。


オノマトペは縄文の中から生まれた
擬音語 川がさらさら流れる・風がそよそよ吹く
擬声語 つくつくほうし(鳥や虫の声と人の言葉を重ねて表現)
擬態語 じっと見る



外国には無い表現は日本独特の感じ方
懐かしい・物悲しいなど。


一万年以上続いた自然との共生の体験の中で縄文世界観が醸成され、
日本人的心の基盤が形成されていった。
それは、文明先進国がどこも体験することのできなかった貴重な時間だった。


年間を通した行動指針
言葉があると、過去や未来、観念的な話
もできるようになる。
縄文文化の一万年以上の歴史は日本語の歴史であり、
弥生時代~古墳時代~古代へと続いていく。


文化が言葉を生み、言葉が文化を彩る。
縄文大和言葉は次の万葉言葉につながっていく。

万葉集の歌の根っこは深く、少し遡ると縄文時代に入る。

ただ、原日本語には文字が無かった。
古代に中国の漢字を採用し、音読みと訓読みに使い分け、
さらに漢字の意味を大和言葉に合わせたりした。
万葉仮名・ひらがな・カタカナを発明。



古事記は日本人の根源を追究した
律令制と都城制で国の体裁を整え、古事記で国の主体性を表明。
当代王朝の正当性を証明する六国史とは違う。

序文が象徴的。
「古を省みて今の時代を照らし、人の道に学ぶものである」


古事記発の漢字交じりの日本語は日本文化の形成を促し、
日本文化は日本語の基本を維持しながら当世風に蘇生を繰り返してきている



古今東西の詩歌は恋に重心があるが、
日本では中国の影響を受けながらも自然や四季の素晴らしさを大いに詠う。
古今和歌集は全20巻の三分の一の恋歌と並んで四季の歌も三分の一
を占める。

自然を詠う心は俳句にもつながる。
縄文文化・思想は現代にもつながっている。
縄文文化の末端に、私達も居る。




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 #3 縄文文化が日本人の未来を拓く まとめ 

文人の空間認識
イエ 人工    ウチとソトが境界。
ムラ 人工    ウチとソト
ハラ 自然+人工 ウチとソト 生活に必要な物を頂いてくる。
ヤマ 自然    コノ世とアノ世 
ソラ 他界

ヤマ 神奈備 三角錐の美しい形の山。


記念物の始まり 村の設計にヤマを取り込んだ。
二支二分が山頂にぴったり重なって見える地点に村や記念物を作った。


多摩丘陵    中期のムラが富士山を目指して一直線に並んでいた。
山梨県牛石遺跡 中期後半
三内丸山遺跡  中期後半
大湯環状列石  後期前半



記念物 1~3の複合形もある。
1、石
2、太い柱・長い柱
3、土を盛り上げて土手を築く


世界観の表現 目に見えないものを浮かび上がらせる。天文学とは別。


縄文中期 太陽運行を取り込んだ。

三内丸山遺跡の6本柱
二至二分の日の出日の入りが分かる日時計。
3本と3本の柱の間に、冬至の日に太陽が沈む。夏至の日は2列の柱の間から日が昇る。

6本柱は縄文尺(手首からひじまでの約35cm)の倍数。



縄文後期 村とは別に大きな記念物を作る。
(三内丸山は村に記念物を設置できるほど良い場所だったから1500年も続いた。)

大湯環状列石
共同墓地ではなく、夏至の頃に集まって仕事をして、
その後にお祭りをしたのではないか。
日常を排した聖なる空間ではないか。
円形劇場で仮面劇や成人式などを行ったのかもしれない。

各地のストーンサークル 個性的。我は我なり。
超古代からの挑戦状! ①縄文ストーンサークル編 よかったらこちらもどうぞ。


現代につながる記念物
相模国 
中期の大遺跡が多く、縄文文化が行き渡っていた。
富士山と大山を風景に取り入れている。大山の山頂に土器を運び上げた。

神奈川県神崎遺跡
弥生時代の環濠集落は通説の防御施設ではなく、むしろ記念物としての名残が強い。


勝坂有鹿谷祭祀遺跡(相模原市) 古墳時代。

前方後円墳・古代の寺院・五重塔・天守閣・東京タワーも、景観づくりとしての効果。


縄文人の心は神社につながっている 
神社は、現代でも、縄文ムラの隣や、縄文時代の重要な地点
に残っている。

寒川神社 二至二分の全ての日に太陽が神社の真上を通る。
夏至は丹沢の大山、春分・秋分は富士山、冬至は箱根の神山
に日が沈む。

神道・神社は仏教の伝来により形になった
教義の発達よりは八百万神と自然との交感を旨とし、土着思想の主体性を確立し、
仏教と共存した。



感想 
寒川神社(神奈川県)は意外に行きやすそうな場所にあるのですね、行ってみたいです。



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 #2 縄文文化が日本人の未来を拓く まとめ 

土器
世界では少なくとも3か所で独自に始まり、周辺に広がった。
メソポタミア(9000年前)
アマゾン川流域(7000年前)
東アジア(ロシア・中国)

縄文土器 約15000年前 世界最古。 
世界各地で石斧が発明されたように、
縄文人が世界で始めに土器を作ってもおかしくはない。


漆も中国から伝わったと考えられていたが、
2000年に北海道で世界最古の漆器(約9000年前)が見つかった。
日本列島は縄文時代から人口密度が高いので、ひらめく機会が多かったかもしれない。



西アジアの土器は食料などの貯蔵・食事の盛り付け用。
縄文土器は深鉢を主体とする煮炊き用。
一万年以上作られた。

波状口縁 縄文土器の共通の特徴は口縁部の突起。
沖縄や対馬にも広まったが、朝鮮半島ではあまり発掘されていない。
言葉・文化・価値観などが共有できなかったのだろう。

機能を捨てて世界観を表現
突起の数は3とか5、7や9のものもある。
煮炊きの跡があるが使いにくそうな形。


物の後ろにある縄文人の生き様を見つける
現代人とは違う論理に基づいている。矛盾していることを見つけたら相当核心に近い。


造形の歴史は無駄なものを削っていく引き算だが、縄文土器は足し算になっている。
これは文化的な意味が大きい。
見る人と世界観を共有するためにつくったのではないか。
装飾ではなく、物語が込められているのではないか。
神話や自分達の歴史かもしれない。



土偶 同時代の朝鮮半島やシベリア沿海州には無い。
元から壊されるべくして作られたのではないか。
そして、それぞれの部位を別の場所に持っていった。


1、創成期   掌に入る大きさ。
2、早期・前期 顔が無い。精霊を形にするために人型を避けたのではないか。
3、中期    顔表現を始める。
4、後期・晩期 人型に見えるが意図的にかけ離れた表現。精霊のようなもの?


超大型土偶 数は少ないが、完全に近い形を留めている。
並みの土偶とは違う特別な役割? 祀りに使われた?

人間離れした表現
人間の女性像ならもっと現実的に作る。精霊のようなものを表したのではないか



おまけ 縄文一万年の美と祈り



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 #1 縄文文化が日本人の未来を拓く まとめ 

縄文文化が日本人の未来を拓く 小林達雄さん
※纏めるために順番を大きく変えました。

人類は600万年の歴史があるが、旧石器時代まではあまり文化水準は変わらない。

人間の歴史で重要なのは、
第一段階の遊動的生活から、第二段階の定住的生活への変革。
しかし、農耕だけが定住を可能にしたのではない

縄文文化 
狩猟・採集・漁労の三本柱が定住で実現し、文化を高めた。


定住
食べ物を袋などに入れて持ち帰る。
体力のある者が食料を集め、老人や子供は家周辺にいる。
食べ物の情報が蓄積する。名をつけて覚える。

縄文文化で定住するようになってから文化が発展。

竪穴住居 技術と労力が詰まっている。

ムラ(村)とハラ(原)の共存関係 大陸の農耕文明はハラを征服しようとする。
ムラ 情報が集まり、文化が充実する生活地。
ハラ 活動を支えるエネルギーの供給源。


狩猟採集漁労生活 自然への適応を深めていった歴史。

旧石器時代 食料を貯蔵せず、移動生活。

縄文時代  食料の保存・加工技術を持ち、年間の食料事情を安定させ、定住。
早期(約11500~7000年前) 貝塚・海産資源。
前期(約 7000~5500年前) どんぐり類。
中期(約 5500~4500年前) あく抜きの技術、栃の実の食用。

可食植物の一部を栽培・管理・選択 しかし農耕ではない。 

イノシシの飼育 第一の道具が極まり、第二の道具が出現した中期以降。
第一の道具 生活に使う。
第二の道具 呪術・儀礼・祭祀に使う。


驚くほど多様な縄文の食料事情
何かの食料が少ない年も他の食料で補う。あらゆる食べられるものをありがたく頂く。
おいしい時期に食べる。



縄文カレンダー 年間計画を継続する。
多種多様な食物の利用は、それだけ多種多様な労働作業が行われていた。
相当計画的だっただろう。土器をつくる時期なども決まっていた。
食糧貯蔵や加工は未来のための作業。
縄文人たちはその日暮らしではなかった。



農耕が無くても豊かに暮らせた
つい最近まで、
人間は農耕や牧畜により食が安定し、労働が軽減し、余暇が生まれたと思い込んできた。

しかし、アフリカやオーストラリアなどの各地の狩猟採集民の研究の結果、
狩猟採集民の多くは、一部の極北や砂漠地帯以外は豊かな食物があり、
栄養バランスはむしろ農耕民より安定
していることが分かった。

狩猟採集生活は常に飢餓状態だったと言う考えは、
農耕社会が常に狩猟採集生活より優れているという思い込み

農耕民となった結果、異常気象や、不作や豊作の周期などによって、
現代においても世界人口の三分の一が飢えている。


労働時間も、狩猟採集民は一日2~3時間の労働に対し、
農耕民は4~5時間以上働き、しかも人手も要る。

狩猟採集民は特に男性が時間を持て余していることが多い。


おまけ 纏めきれなかった人口について思い出しました。
自然の中で生きていた縄文人達の乳児は母乳を3歳位まで飲んでいたので、
女性は人生で4回位出産し、成人したのは1人か2人位だったのではないか
と書いてあったと思います。
寿命は、昔の研究では20~30歳だったが、全体的にもう少し長生きしたのではないか、
かなり長生きした人も居たようだ
と書いてありました。



感想 サピエンス全史の「人類は小麦の奴隷になった」話を思い出しました。
寒冷化で自然の恵みが減ったので仕方なく農耕に移行したという事情もあるようですが、
結果的に現代はそんな状態になっていると感じます。

なるほどと思ったご意見
1、人間の社会性と単体での幸せは全く相関ないどころか、
具体的に小麦の奴隷にされたことで幸福度が下がった
話、皮肉っててめっちゃ好き

2、http://www.panyako.com/entry/Wheat-slave
人類は小麦と出会う前には戻れないから、小麦の奴隷ということに気付いたときに、
無理のない人口を維持すること
必要最低限の設備を完璧に整えること

この2つに尽力すれば、また気楽な生活を送れたんだ。
みんな何かに支配されていて、それを得るために日々ジタバタ頑張っている
でもその支配からの脱却を考えるよりも、
それと上手に付き合うことを意識して生きた方がいい
なって思った。


幸福度を上げるために考えてみました
2のご意見をとてもいいと思ったけれど、物足りないと思う人も居るだろうな。
それに、全て同意というわけではありません。ちょっと違うと思う所もあります。
人はそれぞれの考え方があるから、一つの型にはめると不満を感じるのだと思います。

そこで、どのような環境で生きるかを選ぶことができたらいいと考えました。
最先端の文明都市に住みたい人はそれを維持するための生活(現代社会のような)をして、
忙しくても充実感を得ればいいと思います。
文明が無いと生きるのが難しい人や未来のために研究したい人もそこに居ればいいと思います。
一方で、例え電気が無くてもいい、お金を稼ぐ仕事に興味が持てない人も居ると思います。
毎日移りゆく自然の様子を感じる方が充実感を感じる人も。

国民の三大義務に勤労・納税(あと一つは教育)がありますが、
文明の利用量によって額を変えて、文明を使わない生活も選ぶことができたらいいと思います。
文明を使わない程度はいろいろな段階があり、暮らしてみたい場所に暮らせるようにしたら、
過疎化問題やエネルギー使いすぎ問題が緩和されると思います。
国際貢献は、国民の幸せも保障しながらできることを行っていけばいいと思います。
例えば休耕田でお米を作って余った分を送るなど、今あるものを活かせたらいいと思います。
もし額が減って文句を言われたら(文句を言われるってひどい状態だけど)、
「今まで国民を働かせすぎたし、エネルギー保全のため」など位は言ってもいいと思います。

そして、状況や考えが変わったら、手続きをすれば選び直すことができたら、
本当に文明を活用し、自由な生き方ができている世界ではないかと考えました。



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 月の不思議を巡る旅 

地球ドラマチック ※ざっくり纏めました。宇宙飛行士の話など省略。

地球から月が見えるのは太陽が月を照らすから

欠ける月
月が地球の周囲を回るにつれ、地球からは太陽に照らされた月の部分が
減っていく
ように見える。

新月 
月が地球と太陽の間に入り
、地球に面している月の表面が完全に暗くなる状態。

満ちる月
さらに移動すると再び太陽に照らされた部分が現れ徐々に大きくなる


スーパームーン
月が地球の周囲を回る軌道は楕円形。月と地球の距離が最も近い時に起こる満月。

月と地球との距離は最も離れている時で約40万5000km
スーパームーンはそれより約5万km近い。


古今東西月物語

中秋節 
収穫の時期、満月のおかげで遅くまで収穫作業ができた。
人々が心から家族を思い、一家だんらんを楽しむ。
月餅やごちそうを作って食べる。

満月は古くから世界各地で暦の基準となってきた。
紀元前2000年頃には中国で月の一年の暦を作っていた。
太陽暦よりも一年が約11日短い。

中秋節・キリスト教のイースター・ヒンドゥ教のディーワーリー・
ユダヤ教の過ぎ越しの祭り・イスラム教のラマダン
など、
いずれも月の暦に基づいている。

時を知るために月を用いるのは人間だけなく、
自然界にも月の満ち欠けを頼りにしている生き物がいる。

オーストラリア・グレートバリアリーフのサンゴ
本能的に月の光を感知
し、繁殖活動を行う。

月の引力による潮の干満は多様な命を育んでいる。

潮の満ち干によって出来る干潟の泥には膨大な栄養源が含まれ、
毎年冬に何十万羽もの渡り鳥を引き付ける。

地球は一日に一回自転するので、干潟の辺りが月に面している時、
月の引力によって海水面が上昇し潮が満ちてくる。
鳥たちは一旦干潟の奥に移動し月が遠ざかるのを待つ。
月の引力が弱まり、潮が引いた後の干潟には栄養たっぷりの御馳走がある。

新月 人には見えなくても、太陽と月の引力が合わさり、
通常よりも巨大な潮が生じる所がある。


月の裏側
シャックルトン・クレーター

月の南極付近にあり、太陽の光が届く部分はごく僅か。
非常に低温でマイナス170度以下
特に一部の場所はクレーターが出来て以来、一度も太陽の光が当たっていない。
シャックルトン・クレーターと月の南極の周囲はどのようになっているのか。



皆既日食 2017年8月31日 1世紀ぶりにアメリカ大陸を横断した。



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 クレオパトラが残した古代エジプト天文学 

コズミックフロント・NEXT

デンデラ神殿複合体

ハトホル神殿 主神殿。
天井に円形天体図があった。2m四方のレリーフ。
北の空が中心。十二星座や、古代エジプト特有の星座がある。

周極星 天の北極の近くにあり、地平線の下に沈まず円を描くように動く星。
永遠の象徴。


階段ピラミッド 最初のピラミッド。
王の死後、北の星になりたいという願いで建造されたと言う。


クフ王のピラミッド 高い精度で北を向いている。
歳差運動により星の位置は変わっていく。

当時の北の空の中心には星はなかったが、
コカブとミザールという二つの星が天空の中心近くを回っていることにに気がつき、
両者を結ぶ線が地平線に垂直になる時、真北
になることを利用した。


暦と時間は南の星から生まれた
再び天体図を見ると、 
南の空は中心の北の空を取り囲むように描かれ、
さらに南の星空の外側を取り囲むように36の神々
が描かれている。

シリウス 暦の始まり、一年の始まり。
古代エジプトでは、7月下旬に日没の直前に地平から姿を現した。
ナイル川が増水を始める雨季の始まり。
シリウスの出現を心待ちにするうちに、その周期が365日であることに気付く。
365日を一年と定めた。


セティ一世の墓
長方形の帯状の表 36分割した南の星空
が描かれている。
10日毎に地平線の近くに出現する星に神を設定、5日は祭礼のための特別な日。


時間 夜を12分割 
シリウスが地平線に出現する一年の始まりに、
暦にも使われた星の帯がいくつ見えるかを観察すると、
日没から日の出までに12の帯が見えたので、夜を12分割することにした。
一晩中、定期的に神に祈りをささげていた。

水時計 夏は間隔が短い。

昼の時間も夜に合わせて決めた 
夜と昼の時間が12ずつ 24時間の概念の起源。



クレオパトラの時代に日食が起きた
当時はローマ帝国の脅威があり、動揺を抑えるために天文図を作ったのではないか。
しかし、天体図を作った20年後に古代エジプトは滅亡。
3000年の歴史に幕を閉じた。



感想 
少し調べて見たらクレオパトラが作った天体図かははっきりしていないようですが、
古代エジプトが積み上げてきた知識を結集した感じはします。

たった一枚のレリーフだけど、とても正確なのでいろんな情報が詰まっている。
ギリシャ神話の十二星座もあるのが興味深い。

時間の概念は先に夜から始まったのが面白い。

番組の感想はゆったりしていて映像が豪華。
コズミックフロントはあまり見たことが無かったけれど、のんびり見る番組なのかな?
もっと簡潔に纏めれば30分で纏まりそうだと思いました。


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 縄文一万年の美と祈り 

歴史秘話ヒストリア

縄文文化 BC11000頃~BC400頃まで。
世界に先駆けて土器を作り始め、始まって間もない頃に漆製品も発明。

狩猟・漁労・採集を生業とし、自然の恵みを受けながら、
一万年もの間、安定した生活を続けた、世界でも珍しい文化


土偶から縄文人の願いを考える 

1、縄文の女神(紀元前3000~2000年・山形)
どっしりした安定感がある体。

2、縄文のビーナス(紀元前3000~2000年・長野)
厚みを削ぎ落した結果、かえって豊満に見える。

3、ハート形土偶(紀元前2000~1000年・群馬)
くびれた腰ときれいなハート形の顔。口もある。

3つとも女性の像。お腹に正中線があり、妊娠した女性を象っているようだ。


顔面把手付深鉢形土器
出産の場面
を造形として表し、安産や子孫繁栄を願った。
当時は医療や衛生環境が悪く、出産で子供も母親も死ぬことがあった


土偶の髪型を再現 
纏め髪で動きやすそう。編んで纏めて櫛を挿しておしゃれ。複雑な髪型。

赤漆塗飾 漆の櫛も発見されている。

土製耳飾り 5cm位で大きい。

メイクや服の模様も推測することができる。
目の周りなどをベンガラで塗る。

土偶は特別なお洒落をした時の女性を写し取ったようだ。


微隆起線文土器(11000~7000年前) 全国で出土。
先が尖っていて立てることができない。土に埋めて使った?

1、鍋ではなく、再生を祈るための造形物ではないか
月の水を集める儀式を行い、土器を土に埋めて月の水を集めたのではないか。
土偶は上を向いている物が多く、月を見ていたのではないか。

満月の夜は大潮。月は水とも関わっている。
月の美しい夜、空気中の水分が夜露となり、よく葉っぱにつく。
縄文人は夜露を月の水と考え、再生の力があると信じたのではないか。

2、尖り底の土器は、かまどの灰に押し込めばむしろ煮炊きに適しているという意見もある。
尖っている方が安定している。←かまども底が丸いし、満遍なく火が通りやすそうですよね。


神像筒型土器(3000~2000年前・長野)
月を表しているのではないか。縁の大きな穴は新月と満月。
月を表した縄文土器は他にもある。

29.5周期は、女性の月経などと同じなど、生物は月の影響を受けている。
月の満ち欠けに自らの一生を重ね合わせたのかもしれない。



死者を大切にする人々 
居平遺跡
(長野) 現在は埋め戻されている。
環状集落 300年住んだ。村の中心に広場とお墓があって住居が周りにあった。

大湯環状列石も墓地を中心とした遺跡。それぞれの石の下に人骨が埋められている。

死者は新たな命を得て再生すると考えられていた。


土器に使われる蛇の造形 とぐろを巻く蛇は再生を表している。
縄文土器の縄目は、蛇のうろこを表しているとも言われる。


今まで見つかった2万点もの土偶はほとんどがばらばらな状態
完全な形のものは一割もない。
わざと壊したのかもしれない。

子孫への祈りを託して造った土偶を分割し、
自分達みんなが恵みを受けられるように一つ一つ要所に埋めたのではないか。



自然への崇拝 
縄文人たちが美に込めたのは日々の糧そのもの。

中でも崇拝の中心は、日々の糧や土器の材料をもたらす大地

一度食べた命たちは、もう一度大地の底から沸き立って、
命がこの世に溢れるようになって頂きたい
と願ったのではないか。

土偶はまだ分からないことがたくさんある。


感想 
主に土偶と土器についてでした。まだ仮説です。
でもはっきりとは分かっていない時代の話をいろいろ考えるのは面白いなあ。



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